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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

いいワーカー(part2)

 仕事のかかわりのなかで、病者の怒りに触れ、身に覚えのないような「こっぴどい悪口」を言われることもある。「知的」なワーカーはそれを近づき過ぎと感じ、抱え込みとして距離を取る。それがぼくには「良い子」のようで物足りなく感じる。
 もちろん去る者は追わず、来る者は拒まずが原則(現実には手に負えないと敗北を認めて拒む場合もある)なのだが、人の人生を抱え込むことは楽しいし満足感がある。必要とされると共依存的なAC(アダルトチルドレン)の喜びがあるからだ。もちろんぼくがACなのだが、これは広く福祉業界に存在する感性ではないだろうか。

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 援助者のなかにだって、PTSDっぽいもの、あるいはそのものを抱えている人も多いだろう。癒しを求めるPTSDは、時間のゆっくり流れる福祉業界に就職しようという動機になるからだ。そういうワーカーは逆に共依存によって距離が取れず、結果対立してしまう場合もある。病者・援助者間のいさかいである。
 ぼくにも覚えがあるが、ぼくの場合は病者の人生にかかわり、援助しようとする病者だ。そして、時間とともに自分も癒してくれるのも内なる母性だ。病者はいろいろな意味で甘えの足りなかった人たちばかりの気がする。甘える環境を援助者が提供するのは当たり前だ。甘えが満ち足りれば、自然に病状は落ち着き、援助者から卒業していく人も多い。もちろん何年もにわたる単位でだが。援助者がイエスマンでさえあれば嫌われることは少ないだろうが、自分のからだが嫌がっていたら、不快感を伝え逆らうべきだろう。

 同じようなワガママを言っていても、こちらが愛を感じる病者もいれば、友人知人以上になれない病者もいる。何年にもわたってかかわりを持続させ、最終的に相手に影響を与える力を持つには、「愛を感じる」相手でないと無理な気がする。徒労を繰り返して好転もせず、諦めかけてもまだかかわりを続けるには「愛」が必要だ。相手の変化を諦めて、かかわりが続いた後に変化が起きる場合がある。こちらは相手の抱える問題に何の手助けもできないと諦めることが大切なのかもしれない。
 もちろん、こちらの愛と相手の傷の深さの、繊細な終わりの見えない闘いであり、自信もぐらぐらになることもあるが、諦めてずっと経ってから「愛は無駄ではなかった」と思えるときが必ずくると信じることが大切だと思う。
 しかし「感情労働」だから、かかわればかかわるほど敵意をむき出しにされては、こちらも「それなら、生きようと死のうと好きにしたら」という気持ちにもなることも事実だ。かかわればかかわるほど、そんなアンビバレントな感情に翻弄される。それでも相手が去らない限りかかわりは続くが、こちらはとっくに燃え尽きている。そんなときにやがてこちらを卒業して、踏み台にして自分のことばっかり言っていたのが、ゆっくりと人の世話焼きを始めるとか、そういう方向に向かって舵を切り始めることがある。「あれ? 少し変わったかな?」。
 恋愛だって似たような力学が働く。相手に振り返ってほしいと思っていて一生懸命な間は、こちらに興味を示さなくて、諦めて手放したときに、振り返ってくれたりする、みたいな。

 斎藤環氏と爆笑問題の対談の最後で、「時に愛よりも親切が人を救う」と斎藤環氏が述べている。「おせっかい愛」でかかわっていると思っていても、客観的には「親切」になっている場合もあるのだろう。
 あんまり親身に人の相談に乗ると、相談を受けた側に気合いが入り過ぎて、自己満足のためのアドバイスの押し付けになってしまう場合もある。さらに行き過ぎると支配被支配の関係が立ち現れることだってある。味わい深い言葉だと思う。


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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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