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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

いいワーカー(part1)

 精神科ソーシャルワーカー(PSW)が、「自分は専門家だ」と自認していては、大したことはできない。ワーカーは知的だという周りの見方もあり、実際に知的な研修会などを繰り返し行っている。しかし現場では、ふつうのおばさんがかかわったほうがいい、と思うことがたびたびある。

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 病者には知性ではなく、女性性(いい母親というのではなく、おばさん的自己中心性)でかかわったほうがいいと思う。もちろん男性のこころの中にだって女性性はある。この女性性には専門家性(ある意味男性性だ)ではない、タダのおばさんっぽさ(母性)がある。ワーカーという立ち位置もないから、経験に基づく自信がめげないセクシーさもある。
 おばさんたちの指導員会は、不満やぐちも多い。精神科ワーカーの集まりでは、表面的には不満やぐちは少ないが、クールに構えすぎてはいないだろうか。第一、おばさんは庶民だ。専門家だったら絶対に言わない、「あの人は嫌いだ」などと言ったりもする。職場に情を持ち込むことは、ビジネスでは許されないかもしれないが、人間を相手にしている福祉業界なら自然なことだと思う。
 おばさんたちは、作業所の商品を売るためなら、どんな政党の講演会だって平然と聞きにいけるほどたくましい。相談事を受けやすいのも、若い専門家より、やはり経験の長いおばさんだろう。母性とは甘やかす乳母のようでもある。もちろん若くてきれいなワーカーとお話ししたくて、相談をもちかけることもあるだろうが。

 多くの作業所では、病院と違って、何十年働いても昇給はないし(誰かの給料を上げると誰かが下がる)、退職金も一銭も出ない。若い職員がなかなか新しく入ってこないなかで、おばさんが作業所を支えている。
 精神障害者の多くは、複雑性PTSDや、そこまでいかなくてもいろいろな意味でのこころの傷つきを抱えている。親のしつけやいじめなど、暴力的影響を与える環境に育ったことによって傷を抱え、「自分」というものがうまく育たなかった怒りを抱えていることが多い。精神病者からひきこもりやニートまで、広く存在している怒りである。それをなだめ、そのままでいいというメッセージを発するのも女性性である。

 福祉業界は女性性の世界である。尽きることのないやさしさ、反旗を翻してこられても笑って飲み込むブラックホールのような包容力をもつことが、女性性の理想形である。愛とは飲み込むものである。そして何より、いろいろ抱えていてもおばさんたちは幸福そうだ。自分が幸福でなければ、人の相談にも乗れないだろう。
 男性は達成感がないとうつっぽくなるといわれるけれど、この業界は達成感があまりない。ワーカーがはじめから援助のプロとしてかかわると、表面的には病者を変えられても、本当には変化しにくい。関係する力動とか過程を楽しめるのも、子育てとかで人間の成長過程をよく知っているおばさんのほうかもしれない。ぼくは「おばさんにはかなわない」と思っているから、ムゲンのなかでもなるべく大人しくしている。
 だいたい、福祉業界に専門家は必要なのだろうか? 特に介護福祉士という資格とか、ぼくはよくはわからないのだけれど、介護賃金の差別化のためにいるのだろうか? 学生が国家試験に受かって「専門家」として現場に入ると、長期に勤めたおばさんより上の立場になるのは、矛盾じゃないだろうか? もちろん、学生も一生懸命に勉強して資格を得るのだろうけれど、世の中矛盾だらけだ。PSW協会が国に国家資格化を求めたことは今も疑問だが、ぼくが国家資格をもっていることは、もっと疑問だ。

 精神科ワーカーは有資格者というだけで、病者からも有資格者からも一目置かれる。医者の言葉にいたっては神様のお告げと思っている病者もいる。ぼくもかつてはそうだった。
 何の資格もないおばさん職員は、不当に軽く見られていないだろうか。ぼくは入院していた時、毎日ベッドの掃除に来るおばさんと話すのが何よりも楽しかった。おばさんを侮ってはいけない。


コメント


お世話になっているボランティアグループの方で年配の女性がいますが、
その女性(佐野さんの言葉を借りるのであれば「おばさん」)の哲学は

「私くらいの年齢のおばさんが一番いいのよ。」
と自分で言っていました。

病気の友人も、若くてキレイなワーカーに話しかけられると
うれしいけど、緊張する。60ぐらいのおばさんの方が話しやすい。と言っていました。

60歳のおばさん。には色々な人生の経験を積んでいると思うので、
病気の人が、あーだこーだ言っても、
おどろかない「タフさ」という優しさがあるなぁ。と個人的に思います。

ボランティアの中高年のおばさんでも
PSWの資格をとって、講演活動したり
一生懸命やってる人とかもいて、

俺たちは、この人達(おばさん)の気持ちを
裏切ったらいけないんだ。
と強く思っています。

おばさんの力は、そこらへんにいる
スタッフよりも大きいです。

「おばさん」がいなくなったら、
俺ら、生きていけないです。(笑)


投稿者: Live | 2009年02月26日 13:14

 おばさんって、世話好きが多いですよね。
 付き合うなら若い子かもしれないけれど、側にいて何かといいのはおばさんですね。


投稿者: 佐野 | 2009年02月26日 17:59

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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