スイスの腕時計を買う
BSのテレビ放送で、スケルトンの時計の特集をやっていた。スケルトンとは、内部が透けていて「透けると」(博多弁)というわけではなく、歯車の動きが外から見えるものだ。
職人さんが組み上げた小さな腕時計のなかで、時が刻まれる放送を見ていて、何だか癒された。「よし買おう!」と思って、腕時計の図鑑4冊をすぐに購入した。波津子に言ったら「プレゼントしてあげる」というので、「ラッキー!」と舞い上がった。
図鑑にはたくさんのスイスのメーカーの腕時計があった。一つが何千万円もする腕時計はざらだ。家が買える。そういうのは世界限定250個とか書いてある。中古になったときに値打ちが出そうだ。お宝探偵団に出せばよさそうだ。何億という腕時計もあった。日本の国家予算規模! って、それは兆だ。
見ているうちに、「どんな世界のセレブ様がお買いになるのか」と、ちょっと卑屈になった。パテックフィリップ社というのが超有名だそうだ。値段を見たら、一番安いもので100万円以上、スケルトンは最低400万円だ。どの時計も品があるが、クルマが買える値段だ。「カタログを眺めるだけにしよう」と決めた。どの会社もスケルトンというのは、技術を自慢して見せるようなものだから、値段は高めだ。
カタログを見ていたら、数万円から、高くて数十万円で入手できるスケルトンを数多く出しているスイスの会社があった。エポスという会社だ。これなら入手できるレベルだぞ。
早速、ネットでエポスを検索した。スケルトンがいっぱいだ。その中で最も偽物っぽく、遊び心にあふれている「オープンダイヤルムーンフェイズ」という機種を選んだ。表も裏もスケルトンでムーブメントは手巻きだ。一回巻くと46時間動く、と書いてある。
「う~ん、この何でも自動の時代に『手巻き!』」その職人っぽさがますます気に入った。ムーンフェイズとは日中はお日様と夜は星が出るのか思ったら、月齢の絵が出る。丸いのは月の絵だ。「う〜ん、遊び心満載だ」。
機種が決まったら値段だ。いろんな時計屋さんが輸入しているが、「アマゾン」が一番安かった。クリスマス商戦か円高差益かわからないが、15万円が1割引かれて13万5000円になっていた。さっそく波津子に報告。「もうこれで、一生クリスマスプレゼントはなしだから」と念を押された。
ついに注文していたエポスが届いた。大きい。日本製の小さな腕時計を見慣れているから、厚さも肉厚の上、直径4cmは大きい。偽物どころか本物のスイスの重厚さだ。しかし腕に着けてみると、その大きさがかえって可愛く見える。日付、曜日、月、時間を合わせる。月齢はわからなかった。普段からぼくは、月齢を気にするほど風流でもない。
ネジを巻くと、ゼンマイに動力が溜まる。このゼンマイ部を「香箱」というそうだが、きれいな名前だ。昔、お香を焚いて時を知らせていた名残だそうだ。秒針が動き出す。裏ではひげぜんまいが規則正しく舞う。アンクルが小刻みに槌を打つ。美しい。う〜ん、生きているようだ。まるでペットのハツカネズミの鼓動を見ているようだ。時計職人によって、金属の精密な一つ一つの部品に生命が宿ったみたいだ。
この小さな小さな動きが、たくさんの歯車によって時間や日付や曜日や月を刻んでいき、部品さえ取り替えれば、これから僕が死ぬまでともに生き、息子でももらってくれれば、人間よりずっと長い時代を生きる。時計を見つめながら想像すると、何やら哲学的な気分にもなる。
ムーブメントの動きをいつまでも眺めて癒されるということは、最近人づきあいに疲れているのかもしれない。
夜中の12時に日付が変わるところを見ていた。30分くらい前から徐々に変わっていった。ジャストにビュンと移動するものを期待したのだが、ちょっと残念だった。
次の日に起きてみると、46時間動くはずなのに、朝方で時計が止まっていた。ネジ巻きが緩かったようだ。それで、はじめは軽いのだが、重くなってからも、ネジを巻いた。けっこうな労働という感じだ。まあ、46時間持たせるにはそのくらいは普通かもしれないと納得した。
今も朝起きると、毎日まずネジを巻いている。朝バタバタした時は、ネジ巻きを忘れて止まっていたりする。「余裕のあることが大切だ」とエポスの時計が諭しているようにも思える。
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