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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

良い引出し屋と悪い引出し屋

 アイ・メンタルスクールの事件を前に取り上げたけれど、これは暴力が横行して死亡事件を起こした、誰が見ても悪い引き出し屋だ。では、ひきこもりを説得によって引き出す引出し屋の主流「ニュースタート」をはじめとする全国で活動している多くの団体は、良い引出し屋なのだろうか?

 ニュースタートの元事務局長によると、レンタルお姉さんの訪問活動が、ある時期になると、親と協力して引き出して寮に入れる、という大勝負の時期を迎える。うまくいく確率が80%とか言っていたかな、60%だったかも? 残り20%以上は「ひきこもりたい」という明確な意志を示しているのかもしれない。
 本人の内面や葛藤には一切関わらずに、外科手術のように行う。この大勝負は是か非か? 統合失調症の強制入院を思わせる部分もあるが、強制入院によって症状が軽くなっていき、結果オーライという場合もあるから、一概には言えず、これは運だろう。
 強制入院も、「あとで感謝する人」もいれば、それをきっかけに「医療不信に凝り固まる人」もいる。トントン拍子にうまくいく場合もあるだろうし、さみだれ型のひきこもりを続けて長引く場合だってあるかもしれない。基本的に関わり方が、本人の様子を見て、他者が判断して実行する「パターナリズム(父権主義)」な感じがするので、ぼくには合わない。

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 香川ポレポレ農園の松田代表は、「ひきこもりはうつ病のように、悪くなって底をついてやがて良くなっていく」みたいな、それぞれの時期があると言う。不安定になり、はじめは腹痛、頭痛、元気がない、からさらに進んで「乱れ荒れ」の時期があり、ずっと降りてひきこもっていく。
 この「乱れ荒れ」の時期に昼夜逆転が始まり、母親への暴力、入浴への無関心などが出てくる。この時期に引き出そうとしても絶対に無理だと言う。さらに降りていって底につき、暴力もなくなり「ひきこもり安定期」に入る。
 この時期は赤ちゃん返りをするので、母親は一緒に寝たり、からだに触れるなどの甘えを受け止めるべきと言う。安定期後期には父親も参加して甘えさせる。やがて底つきの時期が終わり、昼夜逆転がなくなり、話しかけてきたり、手伝いをするようになると、外への練習の時期に入る。甘えが少なくなり、昔のことを話したりするので、2時間でも3時間でもひたすら本人の言うことを傾聴する。外に出られる直前、本人は風呂に入る、服を着替える、いろいろな思いを言うようになる。
 このように、「少しずつ必要な時期に必要なことだけを親がサポートすれば、子どもは必ず自分の力で立ち上がる」という確信を松田さんはもっている。松田さんの方法による成功率を聞くのを忘れたが、結構高いようだ。
 成功しない人は、必要な時期に必要なことをサポートされなかったからだという。これも、松田さんの育ちや生きてきた実感からの「一つの物語」なのかもしれないけれど、しかしわかりやすく言い切ってしまっては「型にはまらないひきこもりのもいるのではないだろうか」という疑問が湧くし、「まだまだひきこもりにはわからない部分が多いのではないだろうか」という気もする。

 金の話をすれば、ニュースタートでは1か月10~30万円単位の金が必要だ。行政援助がないからしかたないかもしれないが、ちょっと普通の家庭では手が出ない。ポレポレ農園ではカウンセラーの指示で親が動き、レンタルお姉さんや寮はないので、月1〜2万円だそうだ。これなら「たとえ失敗してもやってみてもいいかな」という額だろう。
 本人に無理なく進む、本人の意思が確認されながら「ひきこもる権利」を守りながら引き出せば、ってずいぶん矛盾しているけれど、良い引出し屋かもしれない。しかし「何十年もひきこもって最後は餓死した」などの話を聞くと、本人、親、周りの友人たちによる最後は縁であり、運も感じる。
 看護職員らが患者に暴行し死亡させた宇都宮病院事件を陰で支えたのは、当事者が家にいられず、入院し続けないといけない、いろいろな事情だ。ひきこもり家庭でも、悪い引出し屋にでもすがらないといけない事情を抱え、孤立した当事者の家庭の現実もあるに違いない。


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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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