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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

善意の道は地獄に通ず

 平成18年の「アイ・メンタルスクール寮生死亡事件」というのを知っているだろうか? 『引きこもり狩り』(芹沢俊介編、雲母書房)という本が出ている。
 26歳のひきこもりの男性が、ひきこもり支援施設「アイ・メンタルスクール」に入寮中、ふとんで死亡していたのだ。ひきこもっていた男性は、家でスタッフ数人に取り囲まれ、屈強な2人に押さえつけられ、拘束具をつけられ、名古屋の寮へと入れられる。寮でも男性が暴れるので、手錠、さるぐつわ、鎖などを使って拘束されていたし、カギのついた二重扉の大部屋に男性21名、女性8名とともに収容されていた。
 死因は、両腕両足打撲による外傷性ショック。主犯の杉浦唱子氏は懲役4年の判決。動機は、杉浦氏とマスコミによる「ひきこもっているなら引き出してやればいい」という「善意」だ。同時期に戸塚ヨットスクールの戸塚氏が釈放されている。事件を起こすまでは、戸塚ヨットスクールもアイ・メンタルスクールも、マスコミはとても好意的に報道していた。

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 「長田塾裁判」というのもある。マスコミにたびたび登場して「ひきこもっている人を罵倒」しているところが放映されたので、知っている方もおられるかもしれないが、アイ・メンタルスクールの杉浦氏の姉の長田(おさだ)百合子氏の主催する八事寮に強制連行された、現在20歳の男性が長田氏らを訴えたものだ。
 弁護士の助けで長田塾を脱出した男性は、今では一歩一歩マイペースで自らの人生を歩んでいる。長田氏らの拉致の様子を、同行したNHKのカメラマンが撮影していて、テレビ放映もされた。もちろん依頼したのは長田氏だ。
 彼は入寮してから二度脱走している。一度目は連れ戻され、丸刈りにされた。二度目は24時間歩き続けて、公園でうずくまっているところを保護してくれた人に自宅に送ってもらった。しかし長田百合子氏からは、母親に「自宅のカギを全部閉めて、入れないように」との指示があり、即日八事寮へと連れ戻された。
 母親は、事あるごとに長田氏から「本人を殴れ」と指示されたが、一度も殴れなかった。彼は翌日自宅に帰ろうとしたが、長田氏から指示を受けたNHK職員に駅で殴られ連れ戻され、寮でも指導員(長田氏の長男)に殴る蹴るの暴行を受けたあと、軟禁された。NHK職員ですら、「引き出す」という「善意」から殴っている。
 母親もようやく不信感をもち弁護士に相談して、彼は救出された。長田氏の手口はまず、「甘やかしであり母が悪い!」と母親を罵倒し服従させることから始まる。これをカウンセリングと呼んでいて、社会的に孤立している母親は長田氏に依存し、従っていく。この裁判は、一審は時効成立で原告敗訴、現在控訴中だ。

 『引きこもり狩り』のなかで精神科医の高岡健は、「長田氏自身が子どもの時にいじめられた体験があったが、その時いじめる側に回ることによって安定した」経験をもち、その延長上に長田塾経営があると分析している。長田氏の長男が塾生を殴る蹴るしているところに、長田氏からの親子の暴力の連鎖を感じる。
 世間の「ひきこもりは引き出してやればいい」という「善意」も、事件を後押しした。マスコミは、ひきこもりの人の犯罪もからめて、「ひきこもりは悪」という報道を繰り返してきている。ぼくだってひきこもりたくなる時はいっぱいあるし、小さなひきこもりの時期を繰り返してきた。トイレにこもった時にほっとするのは、誰しも覚えがあるだろう。短いひきこもりができない現状から、長期にわたるひきこもりというものが増えているといえるかもしれない。

 統合失調症の分野でも、京都の江端一起氏という病者が「地獄への道は善意で舗装される」と言っている。
 医療観察法に賛成した専門家たちは、「犯罪を犯した病者は、手厚い医療が必要だ」と、一見「善意」の言葉を言うけれど、「犯罪を犯した怖い病者は隔離しなくっちゃいけない」という世間の差別の論理が背景にある。医学というのは治療するのが目的であって、健康になって患者が犯罪を犯そうと、それは医療の分野ではない。しかし再犯を防ぐ目的で治療するというのは、 明らかに医療からの逸脱であり、「善意」価値観の押しつけだ。
 医療観察法施設は高い塀に囲まれ、監視カメラで24時間監視され、職員と外出する時にも、世間の目は厳しい管理を要求する。病者のことを考えた施設ではなく、あくまで世間の「病者は怖い」という差別心を説得するものだ。もちろん寛解していれば罰を受けることは当然だが、それを先取りする形で、刑務所の中は老人と障害者でいっぱいだ。
 民主党議員から刑務所に入って出所した山本譲司氏は、あまりの社会的弱者の獄中者の多さに、刑務所の福祉施設化、刑務所は最後のセーフティネットと呼んでいる。刑務所の病者は、十分な医療を受けているだろうか? 金沢刑務所の人と文通していた時に、「ここでは睡眠薬といえばベンザリンしか置いてないです」と言っていたから、推して知るべきだろう。医療観察法を推進した医者たちの「善意」はこの程度のものだ。

 かつて病者は、ライシャワー事件のあと、世間の恐怖心を背景に「確実に治療を受けさせる」と言われ、精神科病院へと過剰収容され、日本は世界一の精神科ベッド数を「誇る」ようになった。
 患者が一番退院したい時に、精神科病院から断固退院させないでおいて、シャバでの生活へのあこがれにあきらめがつき、多くが高齢になり病院内で穏やかに暮らしている時になって、ベッド数の多さに国際的な批判を受け、また入院費の削減を目論んだ政府の方針転換によって、また「善意」によって退院政策が推し進められている。
 かと思えば、政府に金がないという理由で、今後退院政策は後退するともいわれている。地域生活にも金がかかることくらいはじめからわかっていたことだ。思い切り振り回される病者こそ被害者だ。


コメント


 長田塾裁判は第二審で長田側が敗訴しています。そしてそのまま上告されなかったので、長田側の敗訴確定です。
http://blog.livedoor.jp/psw_yokohama/archives/51222756.html

 佐野氏の文章を読むと「『普通』じゃないやつらは強引に『普通』にしてしまって良いんだ、その為には多少は人道に外れたことだって肯定されるんだ」という『善意の傲慢』さが伝わってきます。


投稿者: Anonymous | 2008年11月14日 14:47

 判決情報ありがとうございます。
 リンク先も面白そうなサイトで、あとでゆっくり読ませてもらいます。


投稿者: 佐野 | 2008年11月15日 16:20

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
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