退院促進について
国の方針で、今年になって県に、長期入院者の退院を進める予算がわずかばかりついた。それで退院促進の検討会を開き、行政主導による事例検討などを行っている。NPO法人のいくつかは退院してくるであろう患者さんのためのグループホーム、ケアホームを作ったりしている。
他の病院の誤処方をするどく指摘し、今をときめくセカンドオピニオンの笠陽一郎先生が、20年以上前にH病院にいて病院開放化を行い、どんどん退院政策を押し進めた時期があった。「これほどの人が退院など無理だろう」という患者さんまでアパートに退院させていた。
その時の退院者の一人が5〜6年前にムゲンにやってきた。身寄りがまったくないばっかりに、それまでは保証人のいらないボロアパートを点々としていた。ムゲンで昼飯を食べてもらいながら、ぼくと波津子が保証人になって、ムゲンの近くの人並みなアパートに移ってもらったら落ち着いた生活ができるようになった。
しかしムゲンでは彼は荒れた。ぼくたちを試すかのように、敵意をむき出しにしていろいろなことを言ったし、彼の妄想のターゲットにもなった。物にあたって殴ったりしていた。根が優しいので人は絶対殴らなかったが、ムゲンのみんなも怖がって来なくなった人もいた。しかし「子どもの頃から身寄りがない」ということで、ぼくたちは彼を「ひいき」した。「彼を追い出すことになれば、ムゲンの存在意味がない、彼と心中して潰れてもいい」と思っていた。
例えば銀行と大げんかをしてキャッシュカードを破り捨てているのを見て、本人と話し合った。その結果、難しいことは知っていても、キャッシュカードの仕組みを知らなかったのがわかった。こういう場合、本人のプライドが傷つかないように教えてあげることは大切だ。
彼は賢明で、生活保護が出ると米とタバコだけはまとめ買いしていた。お金がなくなると毎日塩ご飯を食べていた。
荒れてどうしようもなくなって、保健所や病院とケース会議も開いたが、何の解決策もなかった。あるとき、ムゲン全員で話し合う運営協議会で、彼が「自分の金を取ったのは誰だ」と発言したことに対し、女性たちを中心に反発が起こって「彼には来ないでほしい」という決議がなされた。彼もしょっちゅう妄想に苦しんでいた。それに対して、波津子ともう一人の指導員は決議無効を訴えて、ストに入った。波津子たちのからだを張った行動に、女性たちも次々反省して、「来てほしい」という意見に変わった。今では彼も人を責めることもなくなったし、ムゲンの若手の相談相手になっていて、地域にとけ込んでいる。
最近、ムゲンで彼はお腹の激しい痛みを訴え、吠えた。救急車で運ばれて十二指腸潰瘍と腹膜炎の手術を受けた。命が危なかった。手術の日から抗精神病薬は血圧が下がるため止められていたので、手術から5日ほどたって、クスリを抜いたことによる不穏が起こって、M精神科病院へと移送された。手術した医者から「タバコの吸い過ぎが原因だ」と言われ、手術以来タバコもコーヒーもずっと止め、好々爺のようになっている。
「長期入院をしていた退院者のためのグループホームやケアホームは、別にムゲンとして作る必要もない。アパートを借りて暮らすことができれば十分だ」と、つくづく思っている。
コメント
私の地元の精神科病院に入院している患者さんを知っています。
その方は、もともと自宅で一人暮らしをしていたのですが、コンビニで大声をあげたため、店員に警察に通報されてしまい、その結果、精神科病院に入院させられたのです。
誰に言われたのか分からないのですが、身元引受人がいないため、退院するとき自宅には帰れず、地元の社会福祉法人が経営するグループホームに行かなければならないと思い込んでいるのです。
成年後見制度を使えば自宅に帰れるよと言いたくなったのですが、社会福祉士になったばかりなので、もしその方に依頼された場合、最後まで責任持てないと考えてしまい、言わなかったのです。
これは、ソーシャルワーカーとして失格ですか?
失格ではなく、経験が浅ければしょうがないでしょう。措置入院ですね。
ぼくも措置の患者さんと付き合ったことないのでよくは分かりませんが、措置の間は市町村長が身元引受人ですが、措置は公費なので、すぐに任意入院か医療保護に切り替わるとおもうのです。医療費は本人払いになりますから、病院ワーカーが何とかします。退院は病院ワーカーの仕事でしょうから、任せておいていいと思います。
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