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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」 2008年08月

自殺について(part2)

 友人や身近な人たちが悲しむということに気づくこと。自殺して周りに悲しみを強いることは、自分のワガママではないのか? 「自分の生死を自分で決めてなぜ悪い」というのもそうかもしれないし、尊厳死などまさしく「自分で生死を決める」ことだと思うが、周りに強いる悲しみは自分の予想を超えて大きい。既遂、未遂にかかわらず、一つの自殺によって、心理的影響を受ける人は、周囲に5人いるといわれている。有名人ならもっとだろう。時には周りの人のトラウマにもなりうるということは、自殺を考えている本人は普通わからない。part1で書いた「自分は何も知らない」ということだ。
 「自分の頭の中が小宇宙だとすれば、他人の頭の中にもまたまったく未知の小宇宙」だ。他人の小宇宙をつぶさに知ることはいくらコミュニケーションを深めても無理な話だが、他人から「愛」という深入りをされていることも知りようがない。身近な人の物語は、自殺志願者を含めた周囲の人をすべて組み入れている。でも自分がどれほどの深入りをされ身近な人の物語の構成員になっているかということを、「何も知らない」。



自殺について(part1)

 ぼくは高校生の時、下から数えたほうがよいような成績の順位だったのをずっとコンプレックスに思っていたので、高2のとき一念発起して、起きている間は学校の行き帰りでも参考書を読むほどお勉強に熱中した。その結果成績は上がったが、1年が過ぎた頃お勉強のし過ぎで燃え尽き、自殺を考えたことがある。病院の屋上に立った。友人にも来てもらった。いろいろな話をした後、友人は「もう止めない、飛んでみろ」と突き放すように言った。その時に「どうせつまらない人生だと思うが生きてみる」と、逆に生きのびることを選択した。
 お勉強をし過ぎて、知識が増えれば増えるほど逆に自分の無知を思い知らされることになって、「知らないことだらけだ。自分は何も知らない」という絶望が自殺を考えた動機だった。逆に「知らないことだらけだということを知っている」ということが、ぎりぎりの所で踏みとどまらせたのだ。



リンチ社会

 「msn産経ニュース」の2008年4月19日付の記事で「(あなたの判決は?)歌織被告は無罪? 懲役何年? あなたはどう裁く…28日判決を前にアンケート」という内容が掲載された。「あなたも裁判員」と謳って、「三橋歌織被告判決アンケート」をインターネット上で募集していた。
 報道の公器としての新聞をあまりにも逸脱して煽る記事に、ぼくは産經新聞に抗議文を出した。
 こんな気軽なアンケート、事件の概要も同時に載っているため、野次馬でも10分もあれば応募できる。発表が楽しみという、まるで娯楽扱いだ。古代ローマの奴隷同士を闘わせてどちらが勝つか、賭けをするさまを思い出した。
 第一、裁判員制度はアメリカのように民主主義がしっかり根づいていて、保安官だって、行政の役人だって選挙で選ぶお国柄あっての陪審員制度だろう。民主主義が輸入されて十分に根づいていない日本で、裁判員制度だけを輸入してもうまくいくはずがないだろう。



刑法39条

 ご存知かもしれないが、刑法39条は、心神喪失はこれを罰しない、心神耗弱は減刑する、というやつである。
 これにより、不起訴あるいは無罪になった人はどうなるか知っているだろうか? 池田小事件後、小泉元首相の鶴の一声で作られた「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療および観察等に関する法律」という長い名前の法律によって申し立てられ、裁かれて医療観察法施設に収容されることになる。もちろん、39条で減刑になって刑務所での刑期が終わった者も申し立ての対象になる。池田小の事件の犯人は統合失調症なんかではなかったのに、統合失調症者はとんだとばっちりを食うことになった。統合失調症者の起こした比較的軽い暴力事件なども、もれなく申し立てられるようになった。
 審判には弁護士は同席せず、法廷慣れしていないワーカーに十分な弁護ができるのかは疑問だが、精神科ケースワーカーが立ち会う。この医療観察法施設がいつもの、地元住民の「精神病者怖い!」という声のために建設が進んでいなくて、平成20年4月現在で、全国で15か所しかできていない。施設の精神科医や職員がなかなか集まらないという話も聞いた。そのため施設が満杯で、現在では遠くへ収容して2年をメドに退所させ、精神科病院へ措置入院することで対応しているが、もし建設が順調に進めば、「一生閉じ込めておけることの可能な」施設になる。



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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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