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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

戦争とPTSD

 入院している時に、入院患者に自衛隊出身者が目立つなあ、と思っていた。これを主治医にぶつけると、やはり自衛隊で発病する人は多いという。その原因は、部隊の鉄の規律によるストレスやいじめの横行だろうということだった。

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 戦争というのは、脳内でドーパミンを出しまくって敵兵を殺すのだから、統合失調症の急性期に似ていて当然だろう。そして戦争神経症は、基本的に兵器の破壊力の増大によるストレスであり、PTSDである。
 PTSDといったって、幻覚も妄想もある。戦争というストレスが、多くの人に非常に多くの病気の症状を産み出す。発病した者は「臆病者」だし「敵前逃亡」だし「命令不服従」であり、ちょっと前まで銃殺ものだったろう。実際、アメリカのイラク戦争でも、敵前逃亡は「臆病罪」で起訴され、軍法会議において最高で死刑になるそうだ。

 過去、ベトナム帰還兵やアフガニスタン侵攻のソ連帰還兵の多くがPTSDを発症し、凶悪犯罪やアルコール依存症、薬物依存症などの問題を引き起こした。PTSDという病名は、ベトナム帰還兵の症状によって名づけられたという。ベトナム帰還兵が市民生活に戻っていた中で、ある日突然まさに戦闘場面にいるかのような感覚にとらわれ、銃を乱射するという事件が相次いで起こった。
 2003年末、アメリカのイラク帰還兵の6人に1人、16%がPTSDなどを発症と、NHKは伝えている。戦闘が激化したのは、その後である。最近のNHKでは、イラク帰還兵の3人に1人が精神に問題を抱えていると言っていた。
 アメリカの従軍精神科医に課せられている「戦闘ストレスコントロールシステム」=「君は正しい」と説得して戦場に送り返すカウンセリングが、さらに多くのPTSDを生んでいるそうだ。従軍医師という言葉の矛盾を感じる。
 銃の引き金を引くことは簡単だ。たぶんぼくでもできる。しかしその後、死体の転がる中をジープで踏みつけながら前進する。ガタン、ゴトン。さらに「一般市民、女性や子どもを殺してしまったという良心の呵責」がPTSDの最大の原因になるらしい。
 CBS放送は、退役軍人に自殺が蔓延して、週平均120人が自殺していると伝えている。軍の上層部は、戦争犯罪の責任を下級兵士に押し付ける。下級兵士たちの多くが、退役後のおいしい話に惹かれて志願したりした、貧しい階級の出だ。真面目に平和を願って戦争に参加している人もいるようだが、そういう人ほど、戦場の現実に傷つくに違いない。
 イラク帰還兵の中には、普通にアメリカに生活する居場所を見つけられず、また戦場に舞い戻り、そこにしか居場所がない人もいる。また、PTSDを抱えた帰還兵には仕事も国家補償もなく、ホームレスになる人が増え続け、アメリカで社会問題化している。もともと貧しい人たちが戦争で傷ついて帰って来て、さらに貧しい生活を送っている。

 ベトナムでの戦争体験において、PTSDを発症しない逆境に強い人の特徴として、積極的対処能力、高い社会性、内的倫理性などがあるそうだが、そんなに誰もが強くなれるわけはないし、理想論だろう。
 自衛隊のイラク帰還兵でも、派兵6年間の間に亡くなった35名のうち、16名が自殺していると報道されている。これは防衛省が把握している人数で、退職後の者については把握していないということだ。
 先の大戦中には、日本の多くの精神科病院で餓死を出したし、陸軍による松沢病院誤爆による皆殺しの計画があった。
 今わざわざ戦争に首を突っ込む海外派兵なんかしなくても、日本の平和国家としての国際的評価は高い。憲法九条があることで、集団的自衛権の発動には歯止めがかかっているが、憲法改正されて集団的自衛権が解禁されると、軍需産業界に引っ張られたアメリカが引き起こす戦争に付き合わざるを得ない。今のアメリカの姿は明日の日本かもしれない。
 もちろん、軍需産業の圧力は戦争を準備するものだから、日本では軍需産業を育成しないように、単純に軍事費を減らせばいいだろう。一人当たりのGDP(高い国が先進国と呼ばれるらしい)が18位の日本の軍事予算はアメリカ、中国、ロシア、フランスに次いで世界第5位だという。憲法改正までして、不信感と悪意とで生活を営まざるを得ない軍需産業を経済に組み込む必要もないだろう。第一、日本は天然資源もなく、侵略される可能性は低い。テロの可能性はあるだろうが、軍備はほとんど役に立たない。
 戦争を繰り返せば軍需産業で経済はまわっていくという、アメリカの軍事ケインズ主義は、すでに破綻している。経常収支は世界第163位、最下位だ。なにも、アメリカの深刻な景気後退はサブプライム問題だけが原因ではない。

 さて、戦争の被害者は実は女性のほうが多い。イラクでも難民の大半は女性だし、男が銃をとって家にいなくなったところに、民兵、正規軍、警官などがやってきて、レイプ被害も数多くある。女性が着る黒いヒジャブを強制するメッセージが書かれた後、57人の女性の死体が発見されたとニュースで聞いた。人身売買や売春も横行しているらしい。戦争を行えば、多くの死体と身体障害者とPTSD患者と無秩序と廃墟が残るだけだ。
 あらゆる戦場では、平和時には理性で抑えられている人間の「獣性」がむき出しになって非道がまかり通る。戦争は、人間関係での悪意や憎悪のような獣性に軍需産業の要請が加わって引き起こされる。理想をいえば、何をされても「やられたらやりかえせ!」という「憎しみの連鎖」に陥らず、冷静さを失わない人が多ければ、戦争は止めることもできるだろうにと思う。
 でも、家族がやられたらぼくもその時には冷静ではいられず、きっと憎しみの連鎖に巻き込まれるだろうとも思う。


コメント


 佐野さん、はじめまして。家族のものです。いつも高い考察に感動しながら読んでます。
 今回のPTSDに、私は以前から疑問に思っていることがあります。
 職場の嫌がらせが続き、反応性うつ病から、大うつ病になった(幻聴が聞こえた)のですが、その後、数十年、同じく職場の当時のことが画像のように見えるのか、同じことを繰り返し言い続けてきました。
 フラッシュバックなのでしょうか。うつ病からPTSDになるということがあるんでしょうね。同じ繰り返しが数十年続いてきたの
です。今まで、誇大妄想は一切なく、恐怖だけのようでした。
 PTSDか、うつ病か、よく分からないでいます。お聞きできれば光栄です。


投稿者: カンカン | 2008年05月06日 20:49

 うつ病とPTSDは相互補完的に重症化するように思います。
 PTSDのほうが強い影響を与えているのかもしれません。PTSDの回復にもいろいろな段階があると思います。怒りばかりが強く出る時期やそれこそうつに沈み込む時期。ぼくもPTSDについてはお勉強中です。


投稿者: 佐野 | 2008年05月06日 23:01

 佐野さん、早速、親身なご返事に感謝致します。
 うつ病とPTSDが相互補完的に重症化、というのは新しい理解でした。すごいですね。なんとなく、そんな感じでもあって、特定の症状を知ろうとしても困難でした。
 また、PTSDであっても、確かに躁鬱症状が出るし、区別がつきにくいですね。
 ううん、難しい。PTSDのほうが強い影響があるとおっしゃること、すごく理解できます。トラウマというのでしょうか。フラッシュバックが長年続いています。
 ありがとうございました。新しい発見もできましたし、参考になったこと、改めて勉強してみようと思います。


投稿者: カンカン | 2008年05月08日 00:40

 PTSDを扱うには、丁寧なカウンセリングが必要かも。傷は自然治癒力で回復に向かうでしょうが、非常にゆっくりゆっくりでしょう。


投稿者: 佐野 | 2008年05月08日 20:01

 私は38歳の無職の男ですが、戦争を経験した訳ではないのですが、父親の虐待に遭い、ptsdに苦しみ、現在治療中です。
 その結果、どうしても、父親と同じような性格の人間と遭遇してしまいます。これも、典型的なptsdでしょうか。


投稿者: Y | 2008年12月02日 16:50

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
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