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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

卯月妙子という人

 卯月妙子という人は漫画家であり、AV女優であり、アーティストである。しかも統合失調症(波状型:症状と寛解を激しく行き来する)である。
 『新家族計画』(太田出版)という漫画を読んだことある人がいるかもしれない。もちろん他人であるが、卯月さんの「オヤジ」である有末剛氏が書いている「実録閉鎖病棟‐毎日PKO」という文章がある。もちろん仕事は、卯月妙子さんの「地雷?!」の撤去である。まずはリンクを読んでほしい。バックナンバーが9回ほど読める。残酷とも思われるシーンがあるので、気をつけて読んでほしい。

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 卯月さんは基本的にM女だ。Mはいじめられ続けることによって、理不尽な暴力に追いつめられることによって、小さき強者をひねり潰そうという独裁者へと変貌する。MからSへの逆転だ。そして「小さき強者を殺してやりたい」と思うようになる、のではなかろうか? それで元々のSにはないエネルギー、殺人衝動へと突き動かされるのではなかろうか?
 それとは別の原因として、一族に対する怨嗟が基本にある、とオヤジは明かしている。そして幼少の頃、ご飯の時に卯月さんの母が姑にいびられ続けていて恐怖だった、そして卯月さん自身も母同様いじめられ続けた、と書いている。この恐怖とトラウマが卯月さんの暴力の源泉のようだ。虐待経験は、後年暴力を振るうほうにいくタイプと、消えてしまいたいと思うタイプがあるようだ。もちろん両方が混在するタイプもある。彼女も東北の田舎、長く雪に閉ざされる日本の伝統的大家族の被害者かもしれない。
 卯月さんは、精神科病院入院中に知り合った芸術家肌の夫と結婚している。ここまでは病棟でもよく聞くありふれた卯月像が描ける。
 しかし卯月さんは、病者同士の結婚、子育て、夫の自殺と必死に走り過ぎて、疲れてしまった。これが病状の引き返せないほどの悪化を招いたのは当然だろう。オヤジとの生活でかろうじてバランスをとっているようだ。オヤジは卯月さんのことが好きなんだろう。情があると思う。だから、あえて「危険人物」の世話をする「保護者」がやれているのだと思う。
 卯月さんは小学生の時から幻覚幻聴があったそうで、写真を拝見しても、独特の緊張感の抜けたような顔ではなく、緊張感があり、健常者と区別がつかない。これは「波状型統合失調症」の一般的な統合失調症との違いかもしれない。波状型とは、症状と寛解を激しく行き来するものだそうだ。その激しい怒りは、虐待が原因の複雑性PTSDとも似ている。実際卯月さん自身も境界性人格障害と診断されたこともあるが、複雑性PTSDとは境界性人格障害とほぼ同じだ。

 統合失調症の急性期は、巨大な敵に自分が押しつぶされた時にやって来る。ぼくもよく「病状が悪くなると、人を寄せ付けない、冷たい、死んだような目になる」と波津子から指摘される。そんな時に静かに殺意を抱いていることだってある。卯月さんとまったく同じだ。
 屈辱感を与えられた時に、怒りを暴力として出しやすい。卯月さんが男性患者さんの頭にボールペンを刺したのも、暴力的になっていた時に「いい女だね」などと、いろいろ言われたことがきっかけのようだ。卯月さんは調子の悪い波が来ると、急に暴力衝動に駆られるタイプのようで、もっと長いスパンの波で、家庭内とかで暴力を振るったりするタイプとはまた随分違う。
 世界の統一感を求めて止まない統合失調症にとって、一時的に低きに流れ、暴力を振るうことによって統一感に浸れるかもしれないが、健常者だって怒りによる暴力で、低きに流れることだってある。行動というのは、一つのことしかできないので、こころに統一感をもたらせる。

 ここで大切なのは、殺人衝動が出ても自分に余裕さえあれば、あまりの抱える不安に、「手をしばってほしい」「保護室にぶち込んでほしい」「注射を打ってほしい」などと自分で考えることだ。実際卯月さんも、殺人衝動が起きるとしばしば入院している。自分で自分が恐ろしい時が波を持って訪れ、しかもかなり自立して対処可能ということは、人殺しをするかもしれないから閉じ込めておこうという保安処分の考え方に十分対抗できる。自分の統合失調症との付き合いに慣れることが大切だ。
 ここで、「自分は病気であるという認識、病識」があるとないとでは、天と地ほど違う。病識さえもてば、薬は大切だと自ら飲み続けるし、卯月さんもその点で、十分病識をもっている。病識をもつとは、自らの病気と正面から向き合うことだ。卯月さんは正面から十分向き合って格闘しているが、病気に支配され理性的病識が吹っ飛んでしまう時もある。もし「オヤジ」という存在がなくなってしまえば、卯月さんはたぶん保安処分病棟にぶち込まれ、すべてのクリエイティブな活動を封じられ、生きる屍となってしまうだろう。

 しかし、ゴッホが幻聴によって耳を切り落としたように、自傷他害のリスクを犯し、ぎりぎり自分を追い込んで突出した悲劇の女優となって、壮絶に「表現活動」にかかわることは、果たして病者として「幸せ」だといえるのだろうか? 持てる力の6〜7割くらいで押さえ、常に余裕をもって暮らすことが安定だと考えてしまうぼくは、凡人の病者である。しかし表現活動には、主観的に自己を表出するばかりではなく、ある程度客観的に作品として構成する目が要求される。しかしこれも、極度の緊張を強いられるわけで、病気にとってはマイナスである。それでもあえて表現活動をやっているのが卯月さんらしさなのかもしれない。
 しかし卯月さんが、自殺を図り植物状態になった夫を看病しつつ、息子を育てたことはすごいことだし、「病者だってできる」という希望をもたせてくれる。


コメント


 ブログというものが、私的であるとともに、その公共性を論じられる昨今、МやSを期待するもの以外の、存在をいかがお考えか。
 障害がなんであろうと、まっとうにありたい。そう、日々ねがいつつ生きている。もっとデリケートに読み手の気持ちにそっていただければありがたくおもいます。今後のご活躍に期待しつつ、、、、、。


投稿者: りんごじゅーす | 2008年05月09日 23:18

 SMを論じることはこの文章の本意ではなく、むしろ、虐待と被害者の暴力をこそ論じたかったのですが、それが伝わっていないとすると、ぼくの筆力不足です。
 でも卯月さん像に迫るには、SMの話は避けては通れないとも思っています。今回のテーマは暴力であり、まっとうな日常を送っている人には不快な部分もあったかと思いますが、人が避ける部分をあえて論じたかった。
 次回のブログのテーマも、申し訳ないけれど暴力の予定です。


投稿者: 佐野 | 2008年05月10日 18:42

卯月さん、再始動しました。
よろしくお願いします^^
http://hakouma.eux.jp/2009/10/uzukino_taekoviti/


投稿者: いちごばたけ | 2009年10月05日 23:53

2012年1月30日 卯月妙子の新刊『人間仮免中』が、イーストプレス社より、ついに­出版!!
ttp://books.livedoor.com/item/­4586292


投稿者: ぷよぷよ | 2012年01月06日 23:36

読みます!


投稿者: 佐野 | 2012年06月12日 23:40

特殊ジャンルのアダルト女優になった方を語るにあたって、特殊ジャンルへの言及や、分析は必須でしょう。人間の苦悩の泥沼を直視してこそ、「助ける」を現実的に考えられると思います。ここは佐野さんが興味深いと思った介護や人物事例を紹介するブログでしょう。引き続き自由にご紹介どうぞ。一つ一つの文章にもっとまとまりやテーマがあれば、なおいいかと。


投稿者: dio | 2012年10月14日 17:24

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
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