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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

ピンピンコロリ

 「ピンピンコロリ」という言葉を知っているだろうか。ワーカーの国試を受けるための専門学校のスクーリングで、ある大学教授が力説していたものだ。
 人の理想は、ピンピンと元気に生きて、老いて人の世話になる前にコロリと死んでしまう、ということである。授業中体操の指導まであって、随分とその健康志向に驚いた。病者と付き合うのに健康を説くとはかなり皮肉な話だと思う。

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 しかしよーく考えると、これほど障害者を排除する考えもないだろうと思う。「人の世話になる前に死にたい」と、生まれつき車いすで生きている人が聞いたら何と感じるだろうか。
 じつは、身近なワーカーから同じ言葉を聞いたことがある。「ピンピンコロリで生きられたらいいのに」と。それで、そのワーカーとの関係が険悪になったことがある。
 動物の生き方はピンピンコロリだ。ぼくは篠田節子の小説の大ファンなのだが、ちょっと違和感を感じた部分がある。彼女のエッセイの中に、カモシカの写真の記述がある。
 「誕生、親との決別、雌と縄張りをめぐる争い、繁殖。輝かしい時代が過ぎ去った後の雄カモシカは、一頭で雪の降りしきる森に立っていた。説明には、まもなく死を迎えるとある。老いはすなわち孤独であり、衰えた体は飢えと寒さによって容易に死を受け入れる。悲しく重々しい気分になったラストの一枚ではあったが、同時に清々しさも感じた」
 続けて、「人工的栄養補給を拒否して、だれにも見つからず森の中に入り、一人で冷たくなる」と、自らの死についてのピンピンコロリの希望を述べている。

 思えば小泉改革とは、人間の野生化を目指したものではなかったのか。すべて自分に起こることは自己責任であり、野生動物のように病気になれば食われるか、食えずに死ぬかのどちらかを選べという考え方だ、とまで言ったら言い過ぎだろうか?
 小泉首相が特攻隊の手記に涙したというのは有名な話だが、裏を返せば、いつまでも人の世話になって生き続けるということを、憎んでいたのかもしれない。
 「尊厳死」という言葉を思い出す。人の世話にならずピンピンコロリと自ら死んでいく。尊厳死を望む人たちは、結局人を信じられないのだと思う。老人は権利主張をしづらいから、ボケてどんな扱いを受けるかもわからない。いや、自分がボケ老人や半身不随の老人たちを邪険に思ったことがあるからこそ、自分はそんな扱いを死ぬほど拒否したいと思うのではないのか。「死にたい」と言っているうつ病の人も、自殺を決行して「半身不随で生き残るのは嫌だ」と言う。
 しかしそれは、ぼくには、人の世話になって暮らさざるを得ない「障害者の一生」がわからない、身体や精神などに不自由のない人のわがままだと映る。自立した栄光の人生を送ってきた人たちほど、老後の障害が惨めに感じられるのかもしれない。社会的に自立して生活してきてから後に障害者になった、中途障害者と同じような想いかもしれない。社会的に自立した自分があまりにも当たり前だったので、諦めて自分の障害者状態になかなか耐えることができないのだと思う。
 現実には、飛び降り自殺を決行して、精神と身体の重複障害者になってから自殺願望がなくなり、普通に生き続けている人もいる。人間ってそんなものかもしれない。しかし誰でも、生きることは結構不幸で情けないことの連続だろう。それは輝く瞬間はあっても、欲望のしもべとして生きる人間の定めだと思う。


コメント


 父の口癖は、お前は浪費のかたまり。そんな、非生産的なことは、何の価値もない。でした。
 父に気にいられんと、努力の結果病に陥りました。すると父は、人に迷惑をかけてはいかん。と、仰せになりました。私がころりと死にたいと思う人間になってしまったのは、私自身の問題ではないかと思います。


投稿者: りんごじゅーす | 2008年04月20日 16:11

 ファザーコンプレックスなんですか?
 その辺を思い出して解きほぐすと、やがて生きやすくなって、長生きしたいと思うようになるのかも。
 ぼくも50年間近く、母の呪縛がありました。


投稿者: 佐野 | 2008年04月20日 23:24

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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