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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

病者の値段

 ぼくたちは、この何でも金の資本主義社会の中で、一体いくらの価値があるのだろう? 精神科病院に入院しているときの事件・事故などで損害賠償が認められた判例をみてみる。

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 逸失(いっしつ)利益という言葉がある。例えば、交通事故に遭ったときに後遺症が残って働けなくなったとしたら、働けていたら得られたであろう金額を損失として請求できる。これを逸失利益という。
 その場合、将来の生活費は引かれるようである。例えば病者であれば、医療事故で死亡したりすると健常者の60%ぐらいは70歳(平均寿命は時代とともに延びているが)程度まで働けて収入があったはずだ、などと計算される。まったく働けない病者の場合は、どうも逸失利益は認められないようで、その場合慰謝料という形で賠償額を増やしているようだ。
 医者の過失による心筋梗塞で死亡した統合失調症の人の判決は、完全に働けたとして、逸失利益約2400万円に慰謝料500万円であった。
 入院中の統合失調症の女性が入浴中に溺死した(入浴によって副作用が急激に出ることがある)事件では、健常者の40%働けたとして逸失利益約580万円、慰謝料500万円であった。
 統合失調症であるという理由で一般科での透析を拒否され、腎不全で亡くなった女性は、重症のため逸失利益は認められず、慰謝料500万円だけだった。命の値段の格差である。例えば救急車でも、一般科への入院でも精神病は断られることがあるが、差別に基づくものだけに悔しい。
 統合失調症で大和川病院に入院中、看護側がボス患者グループによる暴行を止めずに、肺挫傷から肺炎になり亡くなった方への慰謝料は3000万円であった。マスコミを騒がせた事件だけに高くなったのかもしれない。
 統合失調症で入院し、翌日にイソミタールの注射を受けた男性が保護室で窒息死した事件では、逸失利益約1400万円、慰謝料1400万円。これは事件が悲痛であるための慰謝料額だそうだ。
 入院中抑うつ状態の人が無断外出して自殺(凍死)した場合では、病院の通常管理に落ち度がなく、損害賠償は敗訴。裁判費用は原告負担に終わった。
 しかし、精神科病院での事件の判決文をつぶさに読んでいると、何度か怒りが湧いてきたり気分が悪くなったりして、読むのをしばしば中断してしまった。

 病者の多くは、1000円札が財布に入ってない日が多いというような生活を送っているのが普通だから、勝訴での結果は「多いな」という印象だ。年金や生活保護は亡くなったら支給されないし、税金であるので計算されないものと思うが、最大限働けた場合の稼働能力と慰謝料で判断される。つらいけれど、病者は死んでからのほうが大事にされるように思う。
 しかし裁判になるのは氷山の一角で、大部分の事件は安い示談金で遺族は口をつぐむのだろうと思う。

参考ホームページ:「こころ・ここ」~精神医療情報コミュニティ~


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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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