専門職ということ
ぼくは、病者としてのアイデンティティを支えに生きてきた。病者として本を出して、社会的評価を受けた。ワーカー協会の人からも、ぼくの存在は必要だと言われたが、うるさく当事者の権利主張をするので、本当は煙たがられているのだと最近悟った。そして今、必要とされてブログを書いている。これらは、狭い作業所ムゲンの中から飛び出し、世間的評価を受けることによって、ものすごいぼくの自信につながった。
結果、ぼくは病者というより「普通のオヤジ」になった。自分を専門職と思ってきたことは一度もなかった。専門職にふさわしくあらねばと、コンプレックスになった時期はあったけれど。でもぼくは、場面と役割によって考えて発言をする、などという器用な真似はできない。どこの会合に出ても本音でしゃべってしまう。
認められること
前々回の「緊急抗議!」で書いた保護費基準額の削減は、今回はひとまず見送られた。世論の反発が予想以上に強かったことと、予定されている衆議院選挙への悪影響が懸念されたようだ。しかし、小泉内閣のときの骨太方針による福祉削減は揺らいでいないから、引き続き警戒が必要だと思う。
安心して休める会社
べてるの家は、年商10億を稼ぎ出しておきながら、安心して休める会社でもあるそうだ。
安心して休める居場所として運営すれば、授産施設あるいは作業所の売り上げは落ち、メンバーの給料は少なくしか保障できなくなる。働く場所として給料を上げようと思ったら、安心して休める居場所としての機能を犠牲にして、メンバーにハッパをかけざるをえない。シーソーのようなもので、どちらに重点を置くかは、その授産施設や作業所が試行錯誤で決めていくものだと思う。
緊急抗議!
2008年度からの生活保護費基準額の削減が事実上決まった。
老齢加算の廃止、母子加算の廃止へと進んできたが、ついに本丸に攻め入った感じだ。
ムゲンは生活扶助基準額削減に反対する団体署名をやったが、政府にはつゆほども届かない。想いをこめて、舛添厚生労働大臣にメールもしたが、目に触れることはないだろう。
なぜ今削減なのか。原油高、小麦高で物価は上昇している。実際スーパーでの砂糖の価格は以前の1・5倍になっている。おまけに消費税値上げも議論されている。いつから日本はこんなに弱者に厳しい国になったのか。思えば自己責任論の小泉改革から変わってしまったように思う。