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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

ムゲンが就労支援に積極的でない理由

 もともとムゲンは患者会から出発している。行政やワーカーや家族会など、健常者が音頭をとって作った作業所ではない。ずっと病者ペースということを言ってきたし、無理して健常者のペースに合わせる必要はないと言ってきた。

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 そこに突然、社会から就労圧力の嵐がやってきた。人間って弱いものだから、就労できるとそのわずかな既得権で、それまで病者仲間として遊んでいた友人たちを見下し、かつての自分であった就労できない病者たちを心の中で蹴落し、叩く。そうしないと自分が保てない。いっぱいいっぱいなのだ。格差社会の中で、自分の位置が社会の底辺の不安定な使い捨て労働力であっても、である。
 雇用が不安定な上に病状も不安定という二重の理由によって、よけいに弱いものが弱いものを叩くという厳しい現実がある。元々統合失調症の人には、人と比較するという気持ちは薄いのに、健常者ペースが比較を生んでいるのだろう。
 本来仲間のはずなのに、病者はそんな間違ったプライドをもってしまいがちな弱い存在なので、ムゲンは就労支援に二の足を踏む。「障害者も就労して障害の克服を!」というスローガンが高らかに言われ、ワーカーたちもそれにならっている。就労さえすれば、社会の一員として認めてやろう、という健常者の傲慢が見えるし、就労の門戸を開いている企業も他種の障害よりずいぶん少ない。

 ぼくは、ムゲンでは別に病気を隠す必要はまったくなく、仕事中に昼寝したりしているのだが、病気を隠して仕事を続け、あっぷあっぷしながら周りにつらさを打ち明けることもできず、ひたすら盆や正月や連休などを待ち続ける病者が、全国にどれほどいるのだろう。病者の就労率の統計は、病気をオープンにしている人だけの話だ。それでも再発しても再発しても、間違ったプライドを賭け、病気を隠して就労を繰り返していく病者は痛い。
 ぼくの父のやっている病院に事務員として入ってきた女性が病者っぽく、職場を飛び回って仕事をしないので、クビにしたという話を聞いて、複雑だった。しかし就労している人の多くは、生活の必要に駆られているのも現実である。
 もともと世間は、病者とは何をするかわからない不気味な存在だというイメージで見ている。病者の主体性とは、何をするかわからないし昼間からぷらぷらしているという現実を、社会にそのまま認めさせることではないだろうか。近所に住む変なやつで何が悪い、そう思う。ぼくはもう10年以上髪を伸ばしているが、長髪は変人のシンボルだと思っている確信犯である。

 しかし、就労支援をするワーカーの気持ちもわかる。就労させると達成感が違うのだろう。ムゲンは日々を楽しくと、あくまで居場所としてやっているが、職員をやっていて特に達成感はない。福祉の仕事はこの達成感のなさに甘んじることがけっこう大切かもしれない。ワーカーが達成感を感じることは、一つ間違うと健常者の常識を吟味せず当事者に押し付ける、抑圧にしかならないことがある。
 ムゲンでは相談にものるが、自立してい行く人はムゲンを「卒業」して、自分の力で生活していく。ムゲンとは育て直される人もいる場所かもしれないし、単に甘えられるだけの場所なのかもしれない。表には表われないけれど、再発を防いでるとも思う。


コメント


 いろいろ同感する点多いです。
 ぼくの関わっている作業(http://www.geocities.jp/u2edogawa)は、「健常」者主導ではありますが、働かなくてもいいじゃないか、という考え方で運営しています。
 居場所の確保、再発の防止という点では意味ある活動と思っていますので、就労中心の昨今の行政の流れは頭が痛いです。社会的入院を減らすためにも、居場所の確保は重要と思うのですが。
 ちなみに、脳天気掲示板の「向上でも堕落でもない。生活だ。」の標語、たいへん気に入っています。


投稿者: ゲゲゲのとしちゃん | 2007年11月29日 15:32

 居場所は声にならないですね。就労支援ばかり予算がついています。
 向上心持っている人多いです。堕落せよ、と言った人もいます。でも、日々普通の生活を続けることがどれほど至高の価値があるか、分かって欲しいです。


投稿者: 佐野 | 2007年11月29日 18:58

 初めまして。きみ茶と申します。
 私は身体のハンディをもつ者ですが、精神保健の講座を受け、ボランティアしています。
 本当に、就労と言う言葉に皆が尻をたたかれている。そんなことは分かっている、出来ないから苦しい。
 本当に本人の気持ちを分かるのは誰?
 「クオリティライフ」と言う言葉があります。生活の質をよくすることが大切なんです。
 わかる人が出てこないかな~ぁ。
 と、思う日々です。


投稿者: きみ茶 | 2007年12月01日 19:02

 生活の質を良くするって、生活を楽しむってこととは違いますか?


投稿者: 佐野 | 2007年12月01日 23:32

 両親はご健在のようですね。両親が亡くなったら、どのように生計をたてるのでしょうか?
 しかも医師でそれなりに収入や資産、蓄えもあると思います。


投稿者: S.M | 2007年12月04日 12:56

 べつにどうやってでも食ってはいけますよ。親が扶養共済にも入ってくれているし。


投稿者: 佐野 | 2007年12月04日 17:56

 僕の通所先も就労重視ですよ。就業訓練、ホント辛くて、清掃作業なんか行きたくない時もありますよ。ワーカーのいじめや無視もあるし。でもついお金を確保したいから、頑張ってしまいます。
 なぜなら、障碍枠での求人が本当に少ないからです。だから、就業訓練でお金を稼ぐ。勿論、通所先で身につけたスキルは、一般事業所では殆ど役にたちません(失笑)。
 まず自分サイドにたってくれる支援者や、同じ病気で共感しあえる病者と付き合うのが先決に思えました。


投稿者: ハイドラ | 2007年12月05日 00:00

 どうやってでも食べていけるし、生活保護は基本的な権利なのですが、「人の目」があって、それも打ち切られる現実…
 ネットであれ、リアルであれ、人とのつながりが重要、かつ難しい、ということでしょうか。


投稿者: ゲゲゲのとしちゃん | 2007年12月05日 16:47

ハイドラさん:福祉側の人間が労働側に引っ張られているように思います。病者差別もあり、就労も問題山積ですね。仲間は必要ですね。

としちゃん:生活保護が引き下げられると、それを基に決められている、各種控除にも影響が出ます。報道ステーションではそれを、貧困が貧困を呼ぶ、貧困スパイラルと言っていました。


投稿者: 佐野 | 2007年12月05日 22:49

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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