心の物差しを伸ばそう
前回(1月12日)のブログで、センター試験の発達障害をもつ人たちへの配慮について書かせていただきましたが、1月13日付の中国新聞には、「発達障害の受験生わずか95人」という記事がありました。(http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201101130014.html)これを少ないと捉えるか、多いと捉えるかは別として、来年度はより多くの生徒が受験することを願っています。
さて、皆さんは、「Make a CHANGE Day」をご存知でしょうか?「Make a CHANGE Day」とは1年に1日、全国各地(海外も可)で一斉にボランティア・市民活動を行う日のことです。今年は、2010年10月23日開催でしたが、10/16~10/31に行う活動も対象となりました。エントリー数700の中から、私も関わらせて頂いた「調布デイジー」がトヨタ自動車賞を受賞しました。調布デイジーは「読み」に困難のあるひとのためにデイジー図書の製作と普及活動を目的として、 調布市内を中心に活動しています。活動名は、「読みたくても読めない君へ~一緒に支援を考えよう~」ということで、10月16日に講演会を行いました。私もゲストの一人として、お話させていただきましたが、ディスレクシアについては、その場でも、3分の1程度の方しか、ご存知ありませんでした。そのような中で、このような賞を取るということは、少なからず、他の団体の皆さんに存在を示せたのではないかと思います。大変嬉しいことです。今後の活動に期待したいと思います。
さて、最近、様々な発達障害をもつ人たちとやり取りする中で、共通するものがあると感じています。それは、「仲間、友達がほしい」ということです。かつてに比べれば、色々な団体が作られ、当事者が集う場所も増えてきて、仲間を作りやすくなったのではないかと思います。仲間がいることで、共通の悩みや不安を分かち合うことができる。これはとても、大切なことです。
でも、現状がそのままでいいということは言えない気がしています。やはり、街へ出て、色々な人と出会う機会を設けていくことも大事なのではないのかと思います。例えて言うなら、人間の体と水の関係だと思います。人間は体の半分以上が“水”でできています。水は、流れ続けるから、腐らずにいれるのであって、その場で滞り続けてしまったら、前へは進めないのです。
私なんかは、街を歩いているだけであれば、もちろん、看板などが読みづらい面はありますが、基本的には問題ありません。でも、ひとたび、お店に入れば、洋服店に値札があり、ファーストフード店にもメニュー表があります。その度に、自分自身の体と心が少し硬直状態になります。そして、仮に、ディスレクシアというものが世の中に浸透して、いつでも、どこでもディスレクシアだと言える状態になったとしても、もしかしたら、その緊張感はあまり変わらないのではないか? とも感じています。
それは、ディスレクシアといっても、人それぞれ様々な特性があり、一括りにできないからです。お店の人がディスレクシアを知っていて、よかれと思ってしてくれた配慮であっても、実はされる側には合っていないということになる可能性はずっと残り続けます。
ただ、私たちは、どこかで、「障害者なんだから、“きちんと”配慮するのは当たり前」という、障害というもので、大きな盾を作っているのではないか? と思ったりもします。逆に、障害もっていない人が、障害をもっている人と接した時、「なんとかしてあげなければ、かわいそう」と、どこか配慮とは違う、同情が芽生えてしまうのではないか? とも思います。
私もそうですが、「障害」という言葉に縛られて、本当に見たり、聞いたりしなければいけないものを見落としてしまっているのかもしれません。それは、肩書きも同じで、どこか、その部分だけで、安易にその人のことを決めてしまっている可能性があります。でも、大切なのは、そこだけではないと思うのです。人それぞれ、性格や育ってきた環境が違います。その上に、そういうものがあるので、違うのは当たり前のことです。だからこそ、自分の持っている、先入観という一つの心の物差しを、少し伸ばしてあげることで、その人の心を見つめることができる。そこから、障害を捉えられたら、心から許したり、わかり合えたりできる仲間が作れるのかもしれません。
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