思いのこもった住まい
休日に開催されている、ある地区の「いきいきサロン」で介護予防出前講座を終え、帰社した矢先のことでした。
事務所の電話が鳴り、時計に目をやると午前11時30分過ぎ。「さて、誰だろう?」と思いながら受話器をとると、元気な声の一人暮らしのマツさん(仮名)でした。
いつも以上に元気が良いと感じたのは、受話器の向こうで怒鳴っていたためです。
「水が上から降ってくる! これじゃなにもできねぇんだよ! 何とかしてくんねぇかぁ!」
と、息つく暇なく話しています。どうやら、休日でどこに電話しても連絡がつかなかったようです。マツさんの家は老朽化し、屋根のトタンを継ぎ接ぎしながら生活をしていました。
強風に雨が重なり、雨漏りが始まったのでしょう。「マツさん、今から行くから落ち着いて待っててくださいね」と話し、すぐにマツさん宅に向かいました。
この日は、午後から宇都宮で会議がありましたが、マツさんを放っておくわけにはいきません。
到着するとちょうど雨も一時休戦という感じで止んでいました。マツさん宅に上がると、勝手が水浸し。用意していた鍋やバケツもあまり意味がないようでしたが、悪戦苦闘した様子がうかがえました。
私一人では難しいと考え、急遽知り合いの工務店に電話し、応援をお願いすることにしました。工務店の佐野さん(仮名)はすぐに来てくれました。
現場を見た佐野さんは、そのありさまに唖然とした表情を浮かべていました。この日は天候が悪く、屋根などの足場が悪いこともあり、応急処置にもてこずってしまいました。
結果的に何とかなりましたが、「この建物がどのくらいもつのか」と、佐野さんも心配していました。
それでも、どんなに老朽化しても愛着のある住まいです。「私が何にも分からなくなったら、どうにでもしてくれ。だけどもそれまでは、ここに暮らしていくからね」というマツさん。そのマツさんとのやりとりから、以前かかわらせていただいた日本三郎さん(仮名)を想い出しました。
三郎さんの自宅に最初に訪問したとき、「ホントにここに住んでいるの?」と驚くほどの佇まいでした。
家全体は傾き、玄関の引き戸も半開き。建物は和式ですが、自宅内は洋式!になっていて、靴のまま上がります。自宅の居間から天井を見上げると、空が見えていました。しかも居間は、雨水が溜まり、天然の池?までもが出来上がっていたのです。
三郎さんの寝床は、隣の部屋の二段ベットの一階部分。上の部分は傾いた天井を支えるために役立っていたようです。その天井とベットの隙間には、百科事典などの書物が挟まっていました。もともと博学の三郎さん。一時は町内活動も率先して行っていましたが、ある出来事から自宅に籠もるようになりました。風変わりであった三郎さんには、誰も声をかけることをしなくなったと、民生委員から伺いました。
この三郎さんの住まいを見て、「危険だから別な住まいを探すように」と何度も掛け合ったようですが、三郎さんは頑として話を聞かず、困り果てていたのです。
三郎さんからその住まいの歴史を聴き、話の最後には「俺が何も分からなくなったら、どこにでもやってくれよなぁ」と話していました。
三郎さんには妹がいましたが、疎遠になっていました。ある時、週1回訪問していたヘルパーが、三郎さんが急変したところを発見し、緊急入院になりました。
幸い命には別状ありませんでしたが、その時久しぶりに再開した兄の姿に、妹さんは「仕方がないです。兄は昔から変わり者でした。口も悪く、喧嘩ばかり。でも、決して何があっても家族に頼らなかった人でした」と、昔の三郎さんの話をしてくれました。そして「このようになるまであの家で暮らしていたのですから、本望でしょう」と静かに酸素マスクをし、眠っている三郎さんを見つめていました。
マツさんも三郎さんも、暮らしてきた家がどう変わろうとも、経てきた尊い貴重な時間から紡ぎ出される思いは、朽ちることなく本人達の生活(いき)る支えになってきたのでしょう。
私たち専門職は、このような本人のなじみある住まいが老朽化し、震災など何事かあったときには、大変危険なことはすぐに考えられます。けれどもまずは、なぜそのような住環境で生活をしていたのかという、生活(いき)てきた尊い時間があることを忘れずに、本人の思いに触れることから始めることが大切です。そのようなかかわりから、徐々に変化がみられてくると信じています。
マツさんも、別れ際に次のように話してくれました。
「また雨漏りしたら、今度は住む場所を考えてみるよぉ。迷惑かけちゃうからね。だけども、それまではなんとか面倒をみてくださいなぁ。よろしくね!」
そう言いながら、おやつに食べようとしていた炭酸まんじゅうを手渡してくれました。なんだか、とても重みと温もりのある炭酸まんじゅうをいただきました。
コメント
休日の雨漏り対応、お疲れ様でした。ひとり暮らしの緊急支援は切実な問題ですね。
いざという時、ヘルプコールを誰に出すか、ヘルプコールに対して誰が動くのか、休日や夜間ともなると益々難しくなります。
伝えられないヘルプに気づくことも大切なことですね。
雨の中、ご対応お疲れ様でした。どんなに家が老朽化していても、愛着のある家には生涯住みたいんですよね。
独居の方の緊急通報は、いつ電話が鳴るかわからないし。本当に大変です。仕事が終わって家に着いてからも、ほっとできません。
先日もデイサービスから連絡が入り、本人は熱が高いようなので、このまま家に帰すのは心配なのでとあり、ヘルパーさんも見つからないし、私が病院に連れて行き、点滴をうって来ました。
いざというときの連携や、普段ヘルパーさんの情報から利用者さんの日頃の状態を連絡してもらい、把握しておくことも大事ですね。
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