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永島徹の「風」の贈り物

今を受けとめ、できることをしていく生活(いき)方

 私たちの生活はいつまでも同じではなく、季節や年齢、時間とともに変化してきます。その過ぎ去った日のことを改めて思いだそうとする時、きっかけがないとなかなか思い出すことが難しいと思います。
 逆に、何気ないふっとした瞬間に、鮮明に想い出すこともあります。たとえば、心地よく感じるそよ風の匂いから「そういえば学生の時、あの人とあの場所で、こんなことをしていたなぁ~っ」などと、その時の出来事を懐かしく想い出すこと。またある時には、流れてくる懐メロから、走馬燈のように湧いてくる当時の気持ちなどもあるでしょう。
 この過ぎ去った日々が良かったか悪かったかではなく、幾層にも重なり合う一つひとつの出来事から、私たちの今という状況が紡ぎ出されているのです。

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 佐野次郎(仮名)さんは86歳。普段、無口で日々の生活を静かに送る毎日を自宅で過ごしていました。
 そのような生活で唯一いきいきと話すのが、戦時中の話でした。高齢者関連の仕事をしている方は多かれ少なかれ、戦時中の話を聞くことがあると思います。次郎さんもその一人です。
 出征兵士として外地の戦地に出向いた次郎さん。日々繰り広げられる戦地での生活は、生きた心地がしなかったといいます。そしてついに終戦をむかえた時には、幾人もの仲間が欠けた中、生き延びて帰国した次郎さん。しかし、本心から喜ぶことはできなかったと話していました。
 戦友達との別れが今でも鮮明に蘇ってくると「どうしてあいつが…」という思いが湧いてくるというのです。その思いを引きずりながら、戦後復興していく日本のように翻弄される中、公務員として勤め上げてきた次郎さん。いつも話の最後に言うセリフがあります。
 「わしゃなぁ、生き残った者には、生きていく責任があるんだと思っとるよ!」
 そう話す次郎さんは、毎日欠かさずしていることがあます。それは、仲間達への追悼を込めた仏壇への祈りです。しかも、その時使用する線香は、仲間達の人数分だけ手向けています。同居している家族達は、その光景を見ていても何もとがめたりしていません。それは、次郎さんの思いを何度も聴いてきた中での、ささやかな思いやりではないでしょうか。時には「とても朝は煙たくてねぇ」と苦笑いをする妻のウメさんや長男夫婦達ですが、黙ってやさしく見守っているのです。
 「いつまでできるか分からないが、やれるまでわしゃ、やり続けるよぉ」と話す次郎さん。今朝も次郎さんの仏壇には、線香の煙が静かに舞い上がっています。きっと、先に逝った仲間達にもその気持ちが届いているにちがいありません。
 そして、静かに座り手を合わせている次郎さんの様子からは、今という現実を受けとめ、そこからできることをしていく生活(いき)方の大切さが伝わってくるのでした。


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プロフィール
永島徹
(ながしま とおる)
NPO法人「風の詩」副理事長。社会福祉士、ケアマネジャー。大学卒業後、青森県にて精神科ソーシャルワーカーとして精神障害回復者の社会復帰活動に従事した後、郷里である栃木県へ戻り、特別養護老人ホーム併設の在宅介護支援センターに勤務し、地域の中で生じているさまざまな介護上の諸問題についての相談等に応じる傍ら、ケアマネジャーとして介護サービス利用者がより良い生活を過ごしていけるようにと活動。その後、縦割りではなく複合的な地域福祉の拠点を創ろうという計画で、NPO法人「風の詩」を設立、現在に至る。

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