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永島徹の「風」の贈り物

精いっぱい「らしく」生活(いき)ること

 ある日の佐野太郎さん(仮名79歳)との面接の場面でした。
 太郎さんは「昔は、この近くの神社はとても賑やかだったよ。大きな楠木があって、夏はみんなの休憩所だったね。戦時中は、子ども達の逃げ場所だったよ。大きな木だったから、子ども達を隠してくれたよ」と、近所の話を意気揚々と話してくれました。

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 ある難病で悩む太郎さんは、言葉がスムーズに出にくくなっていますが、このときばかりは滑舌よく、思いの丈を語っていました。そのときの太郎さんは、少年時代を彷彿させるような眼の輝きでした。そして、その傍らで見ている介護者の妻、花子さん(仮名)も、「今日はたくさん話ができよかったねぇ」と優しく微笑んでいました。
 太郎さんに寄り添う花子さんも、夫の病気に対して苦悩の日々を過ごしてきました。もともと教育関係の仕事に携わってきた花子さん。医師に夫の病気を告げられると同時に、多くの本や専門家の話を聞きながら、何とか夫の在宅生活を快適に過ごして病が治ることを願い、いろいろなことを試みてきたのです。食事療法はもちろん、病気に良いと聞けば、遠方でも出かけていっては試してきました。
 しかし、やればやるほど空回りすることが多く、無情にも時間が過ぎていくことが怖かったそうです。
 「私には夫の病に何にも協力できない。そんな自分が歯がゆくて……」

 そんなあるとき、花子さんの運転で、太郎さんの通院のために病院に向かっている車中でのこと。町並みを眺めている太郎さんが「この町も大分変わってしまった。昔の○○神社の面影もなくなった。この俺もこんな身体になってしまった。老いることはむなしいことなのかもしれない」と吐き捨てるように話しました。
 花子さんも、太郎さんの病がすすんでいることを身近で感じているだけに、黙ってそっと寄り添って聴くしかなかったのです。
 すると太郎さんは「だけと、いつも花子はそんな俺のそばにいて、話をきいてくれる。ありがとうさん」としみじみと語ったそうです。その後2年目の秋に、太郎さんは静かに永眠されました。

 夫との死別後、久しぶりにお会いした花子さんが話してくれました。
 「夫との生活は目まぐるしかった。けれども、いろいろな方と出合えて良かった。それに今でも、夫の表情一つひとつを想い出します。忘れることはできませんからね。堅物で不器用で、愛想がない人でしたけれども、ああみえて、いい人だったんですよ。私にはあの人の『思い』が分かりますからね」
 と、太郎さんが意気揚々と昔話を話していたときの花子さんの優しい微笑みでした。
 その微笑みは、できることを精いっぱい取り組んできた証ではないかと思います。そして、この夫婦の互いを思い合う関係は、いつになっても絶えることなく続いていることを感じます。この思い合う関係は、夫婦愛というよりも、人間愛という信頼し合う関係ではないでしょうか。この二人から、私も信頼しあえる人を大切に、今を、そしてこれからも一歩一歩歩み続けたいと思うのでした。


コメント


 今晩は、今日から5月街並みも桜の季節から新緑の緑が綺麗になってきました! 幼少の頃、毎月1日には父と祖父とで大平山神社に月参りに行ってた事も懐かしく思います。
 ところで、今日の先生のブログも『ジィーン』と心が温かくなりました。人間愛という信頼関係は、私の理想とする人との関係で目標でもあります。
 太郎さんのように、私も仕事の現場で利用者様から老いや障害からの『失望感』のお言葉を良く耳にします。私の未来にも老いは待ってます…勿論。
 静かにそんな言葉に耳を傾け、にこやかに『お互い天命尽きるまで楽しくすごしましょうね』ってお約束をします。
 80歳・90歳になっても、生きるって試練続き、隣に温かい心があるだけでお互いにホット安心する。利用者様は勿論のこと、縁する人と私もホットな信頼関係を築いて行きたいって初心に返る思い出読ませて頂きました。そして独身の私!太郎さんと花子さんのような素敵な関係を作れる夫婦になれるパートナーを見つけたいと切に思いました(笑)


投稿者: ひさぽん | 2009年05月02日 00:29

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
永島徹
(ながしま とおる)
NPO法人「風の詩」副理事長。社会福祉士、ケアマネジャー。大学卒業後、青森県にて精神科ソーシャルワーカーとして精神障害回復者の社会復帰活動に従事した後、郷里である栃木県へ戻り、特別養護老人ホーム併設の在宅介護支援センターに勤務し、地域の中で生じているさまざまな介護上の諸問題についての相談等に応じる傍ら、ケアマネジャーとして介護サービス利用者がより良い生活を過ごしていけるようにと活動。その後、縦割りではなく複合的な地域福祉の拠点を創ろうという計画で、NPO法人「風の詩」を設立、現在に至る。

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