千葉家族会の緊急セミナーに参加して
施設の虐待死亡事件を機に、千葉県知的障害支援施設家族会連合会は、二度とこのような不幸を繰り返さないことをめざして、昨日、緊急セミナーを開催しました。虐待防止に向けた講演者として私は参加しただけでなく、みなさんのミーティングにも参加させていただきました。
施設内虐待防止に向けた講演
この緊急セミナーには、施設における支援サービスを利用する知的障害のある方のご家族の皆さんが参加されました。社会資源の不足する中で、サービスを提供する事業者になかなかものを言えない時代や経験を経て、みなさんが力を合わせて声を出すようになってきた経緯がしみじみとうかがえました。
わが国の現実は、障害のある家族がいるだけで何かと「世間で割を食う」苦労を余儀なくされるにも拘らず、力を合わせて少しでも現実を改善していくための努力を積み重ねてこられた事実に、私は頭の下がる思いを心底抱きます。たとえば、不適切な行為が支援現場で発生しないように、職員との日常的なコミュニケーションを大切にする努力のさまざまを改めて確認することができました。
それでも、支援現場の職員の平均勤続年数が長くないために、支援の経験値が職場で蓄積されないことが、虐待の発生までには至らないとしても、支援の質の向上を阻んでいるもどかしさを参加者の多くが実感されていました。
虐待防止のための参加者ミーティング
とくに、女性の職員が結婚を機に、いわゆる「寿退職」してしまう現実は、千葉に限らず、全国いたるところの支援現場に共通する深刻な悩みです。女性の職員が「寿退職」する頃は、ようやく支援者として一通りのことができるようになっている経験年数となる時期でもあります。このタイミングで退職してしまうのですから、支援現場は改めて女性の新人を探し、一から育てなければならない「賽の河原の石積み」を重ねる運びとなるのです。現場としては、一抹の虚しさを禁じ得ないでしょう。
では、新しい職員を求人すれば、すぐに退職者の穴は埋まるのでしょうか? 残念ながら、新しい職員のなり手をなかなか見つけることができないのが現実です。
保育所不足を解消するために保育所を新設しようと建物をつくっても、肝心の保育士が集まらないために、開所できない、あるいは利用定員を半分にしてひとまず開所するというような事態が全国で発生しています。これと同様に、職員を集めることができないために、新築建物の特別養護老人ホームが開所できない、定員減で開所するしかないというような事態も全国で起きています。
この背後には、資格者が足りないという表面的な問題ではなく、福祉領域の待遇の低さの問題があることは言うまでもありません。もし、このような私の見解に異論のある方がおられるとすれば、ここで明確に反論しておきましょう。現在、全国の高等学校では、「福祉の世界ではまともに生活ができないから、この領域には進まないように」と進路指導しているのが現実です。
しかし、賃金水準や夜勤等の不規則な労働時間の問題だけでなく、福祉領域において十分議論されてこなかった決定的な問題が他にもあるのではないでしょうか。
北欧各国において、福祉サービスの担い手である「公務員」の賃金は、他の産業領域の平均給与より低い水準です。たとえば、スウェーデンの自動車大手であるVOLVOと比較すれば、同国の福祉サービスの担い手の賃金水準は半分くらいでしょう。デンマークにおいても、同国の主要産業の一つであるインシュリン製造の薬品メーカーの従業員との対比で福祉サービスの担い手である「公務員」の賃金を見れば、半分以下の水準です。
北欧における福祉の仕事は、賃金の多寡だけでみればそれほど待遇のいいものではないのですが、福祉サービスの担い手には他の産業領域にはないアドバンテージがあるのです。就業時間がコンスタントである、子育て期には休暇をたっぷりとれる、住まいを離れての出張がないなど(日本で横行している「単身赴任」は、家族生活を破壊する原因となるため、ヨーロッパでは法律で禁止されています)、給与の多寡に還元することのできないワークライフバランスの質が担保されている点です。
それに対して、わが国の介護・福祉領域の支援者には、ワークライフバランスが全く考慮されてこなかったという事実があり、そのことが今日の職員不足・保育士不足を招いているのではないでしょうか。女性が結婚を機に退職してしまうのは、家事・育児の負担が女性の肩にのしかかるという家父長的な性別役割分業の問題があるとしても、他の職業領域との対比で考えると、今日の福祉領域の現実はあまりにも時代錯誤ではないかと考えます。
たとえば、日本赤十字社の病院は、高度経済成長の時代から夜勤体制を組むために必要な看護師を確保するために、病院内託児所を整備してきました。この経験は、現在の警察や自衛隊で活かされようとしています。
そして、男女共同参画が社会全体のテーマとなってきた昨今は、利益を最大化するために従業員を「こき使う」のではなくて、子育てや家族生活の必要も考慮したワークライフバランスの質的向上が、企業社会においても重要なテーマに据えられるようになってきました。従業員のワークライフバランスをまっとうに追究しているような企業は、多くの場合、情報公開や内部告発の制度的担保などのコンプライアンス・プログラムも整備しようと努力しています。
このようにして、今日の職場は、業種・業態を超え、いわゆる「ブラック企業」「ブラック介護・福祉施設」を除き、商品・サービスの購入・利用者等の消費者の権利だけでなく、そこで働く従業員に対する人権擁護や情報公開を含む社会的責任の履行をも追求するようになってきています。「外向き」の権利擁護を考えるだけでなく、「内向き」の権利擁護を真剣に考慮できることが、現代組織としての最低限の存立条件と言っていい。
それでは、社会福祉法人の様々な事業所・施設における経営と管理運営において、職員のワークライフバランスの改善を具体的な課題として検討してきたところが果たしてどれだけあるのでしょうか。そしてまた、コンプライアンス・プログラムを具体的に整備する課題を正視してきた支援現場はどれほどあるのでしょうか。
福祉業界の特徴は、「福祉は人だから、職員を大切にしよう」とか「人権を擁護しよう」「法令を遵守しましょう」とか、掛け声に終始することは言いますが、それらを具体的・実務的にどのように進めるかを煮詰める点では、一貫して弱さを抱えてきたように思います。私見によれば、「福祉は人なり」という台詞ほど、無内容で、抽象的で、発言者の自己陶酔に過ぎないものはないと断言します。
仮に、福祉現場の職員のワークライフバランスを考慮できないような制度的現実があるとしても、それを福祉制度の問題としてあげつらうだけでなく、男女共同参画の見地から広範な勤労者の抱える問題と共通の地平において、事態の改善に声を上げるべきではないかと考えます。
たとえば、児童・高齢者・障害者という領域の別にかかわらず、夜勤体制を担保するための職員の担い手は、男性も女性も絶対に必要なのですから、福祉業界を上げて、支援者のための夜間保育所を整備するアクションを起こすべきです。それは、サービスの利用者にも必要不可欠な条件ですから、このようなアクションをサービス利用当事者や市民が共にすることによって、みんなの権利を守る地域づくりのための漸進的な協働を培うことが構想できると考えるのです。
千葉県袖ケ浦の虐待死亡事件は、支援現場とサービス利用者の間に不信感の渦巻くギャップを拡大しました。しかし今こそ、虐待防止を進めることを契機にして、支援現場と当事者・市民がみんなの権利を守り抜く新しい型のアクションを協働し、未来を拓く信頼関係の再構築をはかることができる絶好のチャンスなのではないでしょうか。
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