ページの先頭です。

ホーム >> 福祉専門職サポーターズ >> プロフェッショナルブログ
宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

千葉県袖ケ浦の虐待死亡事件

 千葉県袖ケ浦福祉センター養育園で、知的障害のある人への虐待死亡事件がありました。もし、この虐待事案からただちに障害者施設一般の問題点をあげつらう向きがあるとすれば、虐待防止に資する教訓を何も明らかにすることのできない議論だと考えます。この事案は、千葉県社会福祉事業団に運営委託された県立施設ならではの問題が虐待の発生関連要因を成しているのではないでしょうか。

続きを読む

 まずは、千葉県健康福祉部障害福祉課の報道発表資料「袖ヶ浦福祉センター養育園利用者の死亡事件等について」(平成25年12月12日)から事件の概略を確めておきましょう。

 養育園の利用者(19歳男性)がこの11月26日に死亡し、警察から検視および解剖をしたとの連絡が養育園に入ったため、県は障害者総合支援法に基づく立ち入り検査を実施しました。その結果、5人の職員が死亡した利用者とその他9名の利用者に対し暴行を行っていたことが確認されたというものです。まことに不思議なことに、施設内部からの虐待通報はありませんでした。

 この虐待死亡事件が明らかになった直後に開かれた、利用者の保護者等に対する説明と話し合いの会では、「特定の職員の責任に帰結させるのではなく、施設の管理運営の問題であり、そこを徹底的に明らかにしてほしい」という強い要望が保護者から提起されたと報じられています。まさに的を射た要望です。

 さて、千葉県社会福祉事業団の理事長は、今年の3月に千葉県消費者センター所長を最後に退職して「天下り」をした人物です。毎日新聞(12月13日電子版)によると、千葉県は「研修の際に講師を務める以外、園職員との接触がほとんど」なく、「理事長や理事が職務を適正に行っていなかった」として理事長を批判したと報じています。

 しかし、この施設では、少なくとも2年前から虐待が繰り返されていることが明らかにされていますから、現在の理事長だけの責任ではないでしょう。また、施設長についても、虐待の報告を受けていたにもかかわらず積極的な対応をした形跡がまったくないことが明らかにされています。これらの事実を踏まえると、今年の4月から理事長になった特定の人物の職務怠慢に起因するものではなく、県社会福祉事業団の幹部における「天下り」「渡り鳥」の職員人事システムが、利用者支援にあたる直接処遇職員とのギャップを拡大・放置したまま、長年にわたる施設の管理運営上の無責任を構造的に産出してきたというところに問題の本質があるのではないでしょうか。

 つまり、事業団経営については、県幹部職を退いた後に「大過なく過ごす」気持ちに傾きがちな理事長・理事がいて、施設運営については、県庁人事の一環としての「渡り鳥」職員が施設の管理職に就いて前任者の仕事を踏襲しはするが、積極的に施設運営の改善を図ることはないという無責任の構造的連鎖が、かなり以前から続いてきたのではないかということです。

 しかし、これだけなら旧態依然とした組織のどこにでも転がっている問題に過ぎません。お役所だけの問題ではなく、大企業とその子会社との関係においても、普通に転がっている弊害だと思うのです。

 今回の虐待事案は、このような「天下り」「渡り鳥」幹部職員による事業団の無責任な管理運営の問題に加え、この間、全国の自治体で進められてきた社会福祉事業団の「改革」をめぐる深刻な問題が交錯していたに違いないと考えます。

 社会福祉事業団というのは、公立施設の運営を社会福祉事業団という自治体の設立した社会福祉法人に委託するという、いわゆる公設民営方式の事業形態を起源とするものです。社会福祉事業法の時代には、公的責任を民間に転嫁するものとして批判もありはしましたが、通常の社会福祉法人よりも職員の配置基準や待遇が相対的には高かったため、支援の仕事にじっくりと取り組める数少ない福祉職場として職員や労働組合には歓迎されてきた一面を持っています。

 ところが、行政改革と社会福祉基礎構造改革は、社会福祉事業団のあり方を一変させるものとなりました。「民間でできるものは民間に移譲」させ、一方では、処遇困難度が特に高いために民間ではにわかには対応することの難しい利用者への対応等に公立施設ならではの役割を限定するとし、他方では、県の出資法人である今後の社会福祉事業団にも採算性・効率性が求められているとして、非正規雇用職員の比率を高めてきました。

 千葉県社会福祉事業団の施設では、率先して地域生活移行を進めつつ、強度行動障害等の処遇困難度の高い人への対応に絞るという方針でしたから(「千葉県社会福祉事業団の改革について」)、施設利用者の中で比較的軽度の「上澄み液」部分を施設から地域生活移行させることによって重度化が進んだところに、さらに処遇困難度の高い人の受け入れを図ってきたという事実はなかったのでしょうか。

 つまり、より十分な職員体制でなければ利用者への支援を行えない事態になっていたにもかかわらず、「採算性・効率性が求められる」として非正規職員の比率だけは高めてきたという問題です。

 私の知る範囲では、直接処遇職員における正規:非正規の割合を3:2とする社会福祉事業団が多い上、社会福祉事業団を何とか存続させるために給与水準を2割ほど下げたところさえあります。非正規の年間給与水準は正規の半額以下で、諸手当でも格差が設けられています。千葉県袖ケ浦の養育園で利用者に暴行を繰り返していた5人の職員の構成は、いみじくも正規雇用職員3名と契約職員2名でした。

 施設の中でも、事務や調理などの間接部門であれば、中枢的業務を正規職員に担わせ、それ以外の周辺的業務を非正規に分担するという仕事の組み方ができるのかも知れません。しかし、利用者を直接支援する職員において、待遇を大きく異にする正規と非正規の職員が支援の仕事に関するモチベーションや目標を共有するということは、職場マネジメントの課題をはるかに超えた至難の業ではないかと考えます。

 そうして、支援職員の中でアセスメントや個別支援計画が共有されることなく、処遇困難度の高い利用者への支援に行き詰っては管理職からスーパーバイズをされることもなく、支援職員が職場の中で島状に孤立を深め、力による利用者への抑圧を日常的に行使するようになったのではないでしょうか。

 千葉県は、「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」を制定しています。この条例にもとづき、千葉県には、特定の職員の問題に還元することなく、今回の虐待事案がどのようにして構造的に発生したのかを明らかにする社会的責任があると考えます。


コメント


こういった社会的構造の欠陥は多くの場所で叫ばれていますが、これらを是正するのは難しく、また時間のかかることです。それが間に合わず、このような事件が発生してしまうのは大変痛ましく思います。こんなことが起こらないようにするには、対症療法ではありますが第三者機関の評価が効果があるのではないかと思います。練馬区社会事業団のホームページを見たところ、第三者評価を一部の施設に採用していました。これをもう少し大きな規模で行えるように工夫し、それと同時進行で社会構造の改革を急ピッチで進めることが福祉には必要だと思います。


投稿者: ハル | 2014年01月02日 00:14

またも虐待によって命を落とした人がいるのかと思うと悲しくなりました。悲しい世の中だ、と思ってしまいました。
保護者からの「特定の職員の責任に帰結させるのではなく、施設の管理運営の問題であり、そこを徹底的に明らかにしてほしい」という要望、まさにその通りだと思いました。このような事件が発生する施設で、しかも5人もの職員が暴行を行ってしまうような施設における問題を解決し今後に生かしていくためには今回暴行を行っていしまった人だけを問題視しても仕方ないと思います。だから、この保護者たちの観点は立派だと思いました。これに対して、施設の管理運営の問題は明らかにされたのでしょうか。きちっと明らかにされ、施設側は保護者たちが納得がいくまでそれを説明し、一刻も早く今後の対応策を明らかにしていくべきだと思います。今後このようなことが次第に減っていき、いつかは0になりますように。


投稿者: R | 2014年01月05日 23:05

大変、根深い問題であると思います。
14年間、知的障害者入所施設で働いてきました。
私は1つの事業所で働いた経験しかありませんが、
いわゆる「ブラック企業」であり、常に職員数が定数より不足いる状況が続き(募集しても応募がない、もしくは長続きせず辞めてしまう)、そのため、職員は有給休暇をほとんど取得できていません。

もう一つの「ブラック」な原因として、人間関係の悪さがあります。新人いじめ、セクハラまがいの発言に、不可解な人事考課。いわゆる「パワハラ」もまかり通っています。

介護の仕事は、人のお世話をするという意味では(衣食住全般にわたって)、14年勤めているいる私と、例えば、今日から入社した新人さんが大きく異なる業務をする事は日常的にない現場です。(例:おむつの交換等、人間である以上、一定の方法があるため)
ですので、私のように年数が長くなり、等級が上がってくると、若手や新人と比較され、必然的に、年数の長い職員が人事考課によって低い評価をつけられ「もっと特別な新しい企画をしろ、新人でもできるような仕事をするな」等と言われます。が、人のお世話を毎日の入所施設で行うにあたって、PT・OTやNSでもない介護福祉士の私に、今までにない新しい企画をするのは時間的・体力的・精神的に精一杯であり、限界も感じます。結果、年数の長い職員は「職場に居ずらくなる」ように、自身は感じています。

そろそろ退職しようと考えていますが、長く勤めればいいという訳でもなく(人材を大切にせず、使い捨てられてしまう、もしくは「名ばかり管理職」につけて
サービス残業をさせる)、逆に、昨日・今日入社してきた、無資格の人にできるような容易な仕事ばかりではないはずです。

今回の社会福祉事業団でも、労基法に基づいてコンプライアンスを守っていたのか?職員は有給を取れていたのか、職員数の欠員はなかったのか?サービス残業が常態化しているような事はなかったのか?
また、職員の、給与への不満はなかったのか等、卑劣な虐待へつながる様々な要因が推測されます。
失礼致しました。


投稿者: 柴崎 | 2014年01月18日 00:34

福祉の現場は本来人を救うべきところであるはずで、そういった場所でさえこのような事件が起きるということに疑問を持つ。どうして責任者、もしくは同様に働く人々は気付けなかったのか。気付いていたとしたらどうして放っておいたか、どうしてそのような人物を採用したのか。教育や福祉、医療というのは利益や効率、見返りを求めてはいけない世界だと考えている。それを承知で施設を建設したり人を雇っているのではないのか。システム、社会構造の見直しも当然大切だが見直したのちの改善につながっているのかは疑わしく感じる。
私はまだ学生であり、じゃあ何か出来るのかと聞かれたら何もできないのだが、こういう問題が起こった際、いつも上層部や関係者はああだこうだと議論を進め、対策が大事だと論じるところで終っている印象がある。しっかり実行までもっていき、2度と同じことが起こらないようしていただきたい。


投稿者: はとさん | 2014年01月18日 11:12

これだけ多くのメディアによって虐待やいじめについて報道され、社会において重大な問題として取り上げられいるにもかかわらず、いまだにこのような悲惨な死亡事故が起こっていると思うと胸が締め付けられます。こういった事件は、暴行をした職員にもちろん責任がありますが、保護者の方々が言う通り、それ以前に施設の管理体制に問題があると思われます。こういった暴行の実態をいち早く察知、把握し、その対処・改善に努めるのが施設運営側の責任であるはずです。職員間の雇用の違いにおける手当の差なども大きくそういったところから生まれる不満なども今回の事件の原因なのではないでしょうか。今後は、同じようなことが二度と起きないように具体的な方針を立てて取り組んでほしいです。


投稿者: パックン | 2014年01月18日 16:57

このような事件、事故が起きているにも関わらず施設内の改善を図るよりも自分が大過無く過ごすことに心血を傾ける人が多いことが非常に残念です。このような体質をなくすためには天下りなどで就任したような代表、理事といった職員を一掃することが一番良いことだと思いますがそのような方法は非現実的であり、問題を内密にもみ消さないよう監視役をつけることもコストなどの問題で難しく思われ、こういった問題がより根深いものであることと感じます。これからは単に起こった事件、事故のみを見るのではなくその根底にある体質などを考えることを大切にしていきます


投稿者: 23 | 2014年01月20日 16:54

この障害者施設での虐待死の記事を読んで私は怒りを通り越してもうあきれてしまいました。虐待をした人たちの心の中に障害者がある人に暴力をはたらいてもどうせばれない、本人たちは言えないだろうといった障害を持った人を見下した考えがあるためにこのような虐待死亡事件が起きたのではないかと私は考えます。またほかの職員たちも見ていたにもかかわらず止めもせず告発もせずただ傍観するだけというのも理解をすることができません。これも天下りした所長には面倒事を避けたがる役人気質が染みついていたためではないかと私は思います。県だけではなく国にはこの問題についてはしっかりとした調査を望むと同時にほかの施設でも同様の事件が起きてないかも調査してほしいです。


投稿者: ブルブル | 2014年01月21日 23:39

障碍者を助けるためにある福祉施設でこういった事件が起こってしまうことに疑問と憤りを感じます。なぜ障碍者を助けようとして福祉施設に入ったはずの人々が、それも複数人でこういったことをしてしまうのか。なぜ施設内部からの通報がなかったのか。このような福祉施設での他の暴行事件でもこのような疑問は必ず出てきていると思います。このような悲しい事件を2度と繰り返さないようにするために福祉施設の管理者や責任者には福祉施設の現場で起こっていることを確実に把握し、対処していってほしいと願います。


投稿者: HT | 2014年01月22日 10:56

虐待により命を失う人がいるというのはとても悲しく思えます。今回は身内ではなく施設での虐待、いわば見知らぬ他人からの虐待ということで、利用者の保護者等の悲しみは計り知れません。「5人の職員が死亡した利用者とその他9名の利用者に対し暴行を行っていた」からと言って、その5人だけが悪いとは思えません。もちろん虐待は許される行為ではありません。しかし「施設内部からの虐待通報はなかった」というのも不思議なことで、気が付かなかったのか、それとも気が付いていたのに放っておいたのか・・・どちらにせよおかしな話です。施設全体の問題として取り上げ、今後の運営・対策を話し合い保護者や世間にきちんと公表すべきです。見知らぬ他人による虐待で身内の命が奪われるというのはとても悲惨なことです。一刻も早く安心して預けられる施設づくりができることを願いたいと思います。


投稿者: ひまり | 2014年01月22日 11:43

非常に心苦しい問題である。こういった施設内虐待事件というものは度々問題視されている。福祉センターや児童養護施設などでも、立場上弱者であることをいいことに施設側が好き勝手にやっていることがままある。こういった事案で厄介なのは、被害者側に頼れる人がいなかったり、また頼れそうな人には加害者側からの根が回されていたりしていることから明るみに出にくいことだろう。現在では定期的に視察が入ったりなどオープンになってきたが、それでも袖ケ浦の一件のようなことがいまだに起きているのが現状だ。そういった施設は民間が独立してやっていることが多いが、自治体ひいては国の問題でもあるため、そういった施設への国の介入は必要不可欠なのではと思う。


投稿者: 桃浦 金太郎 | 2014年01月22日 12:21

 福祉において、効率を追求するのは如何なものかと思います。今回の虐待死亡事件も、効率化を重視した結果、職員に過度の負担がかかり、このような事件に至ってしまったのではないかと思います。
 介護などの福祉の活動で大切なのは、いかに少ないコストで利益を得られるかではなく、いかに利用者に満足してもらえるかだと思うのです。現状としては高齢化が進み、介護が追い付かない状態であるのも事実ですが、高齢者が多いなら介護をする人もそれに見合った人数がいるのが理想だと思います。あくまでも理想ですので、これが実現するのは難しいことだとは思います。
 高齢者の支えになれるのは施設の職員や介護福祉士に限りませんし、資格を持たない私たちでもできることは数多くあると思います。私たちそれぞれができることをできる範囲でやることが高齢者のためにも、職員のためにもなるのではないかと思います。


投稿者: さり | 2014年01月22日 15:20

 このニュースを初めて耳にしたときは「障害者に暴力をふるうどうしようもない奴らがいたんだな」という程度の認識でしかなかったのですが、施設の実態を理解していない浅はかな見解だったなと思い直しました。たしかに暴力をふるった本人が責任を取ることで問題を帰結させてしまっては、このような事件が再発することは目に見えていますね。
 個人的にこの記事で気になったことは、直接処遇職員における非正規の割合が思った以上に高かったことです。採算性、効率性を重視するがためにサービスの質が落ちてしまう。福祉業界だけでなく、効率重視の現在の世の中では大きな課題だと思います。


投稿者: ぴろ | 2014年01月26日 12:05

このような事件が起きてしまったことは、本当に残念でなりません。死亡事件までいかなくとも、こういった施設での暴行などは、各地で起こっているので
しょうか?今回の事件では、正規雇用職員と非正規雇用職員の待遇の格差に、特に問題があるように思われます。私の職場では、毎週必ず職員全員でのミーティングがあり、そこで課題や目的の共有を図っています。今回事件が起こった施設で、このような悲惨な結果を招いてしまったのは、そういった職員間での意識の共有がなされていなかったことが一因なのではないでしょうか。今後、このような悲しい出来事を起こさないためにも、施設・組織の在り方を変えていかなくてはなりません。


投稿者: ぺぺやん | 2014年01月26日 22:52

この記事を読ませてもらい、僕は怖くなりました。なぜかというと、僕の身内に知的障害があり、両親がその子が成人を向かえる前に亡くなり、施設にあずけられた子がいるからです。その子は虐待は受けてはいないだろうけど、もしこのような環境の中暮らしていると考えただけで怖くなりました。このような施設に入らなければならない子というのは、僕の身内のように何かしら入らなければならない理由があって入る訳だからこのようなずさんな環境をつくるのはやめてほしいです。福祉の場において、運営している側からすれば採算性や効率性が大事かもしれないが、1番大事な事は、あずけられた人に対して、安心して生活できるような環境を与え、あずけた人にも安心して何かしらの入らなければならない理由がある人をあずけてもらうことだと思います。だから利用者への支援を行えない職員体制にもかかわらず、採算性や効率性を求められるからといって非正規職員を増やし、ずさんな環境をつくることは、本当にやめてほしいです。これは老人介護施設に対しても言えることだと思います。これから少子高齢化でこのような施設はもっと必要になるだろうからいち早くどうにか改善してほしい問題だと思いました。


投稿者: なん | 2014年01月28日 09:37

自分は中学時代に水泳部に入っていて近くのスイミングクラブの選手コースにで泳いでいた経験がありますが、部活の顧問も、自分のコースのコーチも「体罰は近代の教育が生んだ大きな間違いで何も生み出さない」と言って行うことに断固反対する人たちでした。その一方で、選手コースの他のコーチは練習中にビート板や練習で使うフィンやシュノーケルまで投げつけたり頭を蹴って沈めたりしていた記憶があります。
当時見た文献が見つけられなかったのではっきりとした情報にはなりませんが、現在の教育の形に近づきつつあった明治時代の家族(家長制度)の在り方、そして教育の方法論において、暴力の行使に関する記述は全くない、という内容を前に読みました。とすると、体罰などが我々の生活に繁茂しだしたのは戦争や軍が日本の体制を牛耳りだした大正、初期昭和時代からなのでは、と自分で考えてしまいます。上記の内容がもし正しいものであったならば、「歴史的な教育文化をどうにかして体罰・暴力をなくそう」といった一連の活動は、実は新しい仕組みへと体制を変えようとしているように見せかけてより歴史をさかのぼっているのではないでしょうか。
時代によって「何が正しいか」なんて常に変わってしまい、多くの人は教育に対して自分の経験が「正しい」の指標の大半を占めてしまう。そのために皆が納得する教育の在り方は出てこないと思うし体罰もなくなることはしばらくはないと思います。しかしながら、少なくとも自分は肉体的な苦痛を味わせることによって精神的矯正を図ることは、極まれば「子どものわがままを一掃するにも一種機械的なやり方をする以外にない」(アリス・ミラー著、山下公子訳『魂の殺人 親は子どもに何をしたか』P.13より引用)といった、ナチスのファシズムに則った闇教育になりかねない一面もはらんでいる、ということを考えていますし、警告したいです。


投稿者: ぼぅろ | 2014年01月28日 23:57

自分は中学時代に水泳部に入っていて近くのスイミングクラブの選手コースにで泳いでいた経験がありますが、部活の顧問も、自分のコースのコーチも「体罰は近代の教育が生んだ大きな間違いで何も生み出さない」と言って行うことに断固反対する人たちでした。その一方で、選手コースの他のコーチは練習中にビート板や練習で使うフィンやシュノーケルまで投げつけたり頭を蹴って沈めたりしていた記憶があります。
当時見た文献が見つけられなかったのではっきりとした情報にはなりませんが、現在の教育の形に近づきつつあった明治時代の家族(家長制度)の在り方、そして教育の方法論において、暴力の行使に関する記述は全くない、という内容を前に読みました。とすると、体罰などが我々の生活に繁茂しだしたのは戦争や軍が日本の体制を牛耳りだした大正、初期昭和時代からなのでは、と自分で考えてしまいます。上記の内容がもし正しいものであったならば、「歴史的な教育文化をどうにかして体罰・暴力をなくそう」といった一連の活動は、実は新しい仕組みへと体制を変えようとしているように見せかけてより歴史をさかのぼっているのではないでしょうか。
時代によって「何が正しいか」なんて常に変わってしまい、多くの人は教育に対して自分の経験が「正しい」の指標の大半を占めてしまう。そのために皆が納得する教育の在り方は出てこないと思うし体罰もなくなることはしばらくはないと思います。しかしながら、少なくとも自分は肉体的な苦痛を味わせることによって精神的矯正を図ることは、極まれば「子どものわがままを一掃するにも一種機械的なやり方をする以外にない」(アリス・ミラー著、山下公子訳『魂の殺人 親は子どもに何をしたか』P.13より引用)といった、ナチスのファシズムに則った闇教育になりかねない一面もはらんでいる、ということを考えていますし、警告したいです。


投稿者: ぼぅろ | 2014年01月28日 23:57

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

コメントを投稿する




ページトップへ
プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

【宗澤忠雄さんご執筆の書籍が刊行されました】
タイトル:『障害者虐待 その理解と防止のために』
編著者:宗澤忠雄
定価:¥3,150(税込)
発行:中央法規
ご注文はe-booksから
障害者虐待 その理解と防止のために
メニュー
バックナンバー
その他のブログ

文字の拡大
災害情報
おすすめコンテンツ
福祉資格受験サポーターズ 3福祉士・ケアマネジャー 受験対策講座・今日の一問一答 実施中
福祉専門職サポーターズ 和田行男の「婆さんとともに」
家庭介護サポーターズ 野田明宏の「俺流オトコの介護」
アクティブシニアサポーターズ 立川談慶の「談論慶発」
アクティブシニアサポーターズ 金哲彦の「50代からのジョギング入門」
誰でもできるらくらく相続シミュレーション
e-books