二つの調査結果から
札幌で開かれた権利擁護セミナー(北海道知的障がい福祉協会主催)に講師として参加しました。寒さの厳しい北海道の各地から、250名もの支援者が集まり、熱のこもったセミナーとなりました。このセミナーの基調報告は、二つの調査結果を用いて重要な指摘をしていました。
北海道・人権擁護セミナー
一つは、11月11日に厚労省が発表した平成24年度(24年10月1日~25年3月31日)における障害者虐待対応状況に関する調査結果に、北海道の同状況を付加した北海道庁の資料です。
もう一つは、北海道知的障がい福祉協会権利擁護委員会が実施した支援事業所管理者・支援職員を対象とする人権擁護に関する実態調査の結果です(この調査結果をまとめて冊子にしたものが近日中に同協会から公表されるそうです)。
前者は、全国の実態・傾向と比較した北海道の特徴が明らかにされています。そのすべてをご紹介することはできませんが、たとえば、養護者による虐待の「相談・通報・届出者」にみる北海道の特徴は、「警察」からの割合が著しく高く、本人・相談支援専門員等・市町村職員の少なさが目立ちます。
本人 | 相談支援 専門員等 | 警察 | 市町村職員 | |
北海道 | 21人 | 24 | 44 | 1 |
19.10% | 21.8 | 40 | 0.9 | |
全 国 | 884人 | 894 | 354 | 250 |
27.10% | 27.4 | 10.9 | 7.7 |
この北海道における特徴の背後に何があるのかを明らかにすることを含めて、このような資料を自治体ごとに公開することは、とても大切な取り組みです。まさに、基本的な地域の自治的な取り組みの一環として、全国の自治体で追究していただきたいと考えます。
蛇足ながら、テレビ報道を中心に安易に振りまかれがちの、「障害者虐待=入所型施設」というイメージは、厚労省の調査結果報告で明確に否定されていることを確認しておきたいと思います。
全国で虐待と認定された件数で見れば、養護者による虐待が1、311件であるのに対し、施設従事者等による虐待は80件です。施設従事者等による虐待の内訳を施設・事業所の種別でみると、就労継続支援B型が20件(25.0%)でもっとも多く、障害者支援施設18件(22.5%)、共同生活介護10件(12.5%)、生活介護9件(11.3%)と続きます。
このようにサービスの種別でみると、通所の就労継続支援B型でもっとも多く発生しているというのが実態です。
さて、北海道知的障がい福祉協会が手がけたもう一つの調査についてです。この調査は、支援者による虐待または不適切な行為の克服に向けて、フィールドの実態を明らかにしようとするものです。この一部をご紹介すると、次のような障害者虐待防止法の施行を前後する二つの時期の回答比較があります(2011年は調査人員320名、回答者数235名。2013年は調査人員648名、解答者数567名)。
項 目 | 2011年 | 2013年 |
ここ1年の間に利用者を叩いたことがある | 23名 (9.8%) | 50名 (8.8%) |
施設・事業所に勤務してこれまでの間に利用者を叩いたことがある | 77名 (32.8%) | 154名 (27.2%) |
利用者から食事を取り上げたことがある | 24名 (10.3%) | 50名 (8.8%) |
利用者を無視したり、相手にしなかったことがある | 64名 (27.3%) | 161名 (28.4%) |
利用者に大声でどなったり、おどしたようなことがある | 117名 (49.8%) | 251名 (44.3%) |
これらの結果は、障害者虐待防止法の施行の前後比較からは、まず、支援職員に権利擁護に資する有意味な変化がほとんど確認できない実態を明らかにしています。
二つ目です。このような職員の実態があるにも拘らず、施設・事業所の管理者は「障害者虐待防止法の施行にあたり、従事者に対する虐待防止のための啓発・普及のための対策・取り組みを講じた」と233カ所(94.3%、247カ所中)が回答しています。つまり、管理者が回答する「対策・取り組み」がいかに実効性のないものであったかを露わにしています。
三つ目は、「力づくめの支援」「力で押し切る支援」のような人権侵害が現場の悪いパターンとして定着している点についてです。支援者の側の圧倒的な力の優位性をベースに、身体的暴力だけでなく、ネグレクトや心理的虐待も含めて深刻な実態にあるといえるでしょう。ここには、支援の客観条件の貧しさを背景に、手っ取り早く効率的な対処を重ねる中で、支援者の「誤った成功体験」が経験値になっていく問題があるのではないでしょうか。
ある場面で力を行使する(暴力を振るう、食事を取り上げる、大声でどなる等)と相手が支援者の要求に近いかたちで「行動した」という事実が、誤った成功体験の原型です。このような場面で、利用者は状況の正しい理解に基づいて自らの気持ちや行いをコントロールしたのではなく、単に支援者の圧倒的な力に脅えて屈服しただけです。
親が子どもに力を行使することによって専ら言うことを聞かせるような係わりは「虐待的関与」と呼ばれてきました。その結果、子どもの側も大人との関係性を「虐待的関与」でしか結ぶことができなくなる点が事態の深刻な悪循環を出来させるのです。
つまり、被虐待経験を重ねてきた子どもたちは、信頼と安心に裏打ちされた親密な関係を周囲の人と作ることができなくなり、むしろ相手から「虐待的関与」を引き出すために、悪い子どもを積極的に演じることによって、大人・親がどこまで我慢できるかの限界を試すような行動をとるようになります。これが、「リミット・テスティング」です。
したがって、ある場面で力を行使する「支援」が一見、一時的に功を奏したようにみえても、このような「虐待的関与」を重ねていった先には、支援者が我慢の限界を試されるような問題行動を利用者が拡大するようになるのです。そして、一部の利用者にみる行動障害の重度化は、力による熱を帯びたこのような不適切な支援に起因すると考えるべきものが間違いなくあるでしょう。
ただし、この調査結果が明らかにした支援者の問題は、個々の支援者だけに還元するのではなく、力づくめの支援が「誤った成功体験」になってしまう構造的問題のあることを明らかにすべきです。また、滋賀県障害児者と父母の会連合会が2010年に実施した親の意識調査の結果(拙著『障害者虐待』48-49頁、中央法規出版)にあるように、支援者よりもむしろ親の方に、虐待または不適切な行為に関する認識の甘さがあるとの指摘もあり、その意味では、虐待防止法の施行前後で父母の人権意識がどのように変化したのかを比較する調査研究の課題もあると考えます。
今回は、二つの調査結果から考えてきました。これらの調査は、自治体や施設・事業所・支援者の課題を虐待防止に資する観点からそれぞれ正視しようとする努力の証です。自治体による事態の把握は虐待防止を地域全体の取り組みにしていくためのものですし、施設・事業所・支援者による客観的な自己点検は、虐待防止の取り組みを社会のすみずみに広げていく起点にふさわしい取り組みです。このような自主性と自発性のある事態の直視から取り組みを積み重ねることによってこそ、虐待防止と人権擁護の実現に接近することができると考えます。
札幌大通公園テレビ塔のライトアップ
コメント
調査結果について、やはり自ら被害を訴えることが難しい障碍者への虐待をどのようにしていち早く見つけられるかが重要なのだろうと思いました。これについては、知的障害者だけでなく児童虐待等にも同じことが言えます。
虐待防止の取り組みについて北海道の障害者虐待防止法のパンフレットを拝見させていただきました。とても理解しやすく書かれていました。このような取り組みが全国の自治体で行っていけることで少しでも虐待の早期発見につながるのではないかと考えました。
障害者虐待防止法の施行前後での職員調査において虐待とみられるケースの件数がさほど変わっていない。障害者以外にも言えることだが、虐待は法の整備にとどまらず、正しい付き合い方というものをより広めることが急務であるように思える。
調査の回答から見るに施設の職員ですらその教育が徹底されていない。一般家庭での意識はなおさら薄いであろう。施設職員だけでなく一般家庭でも彼らとのよりよい付き合い方を周知する必要があるのではないか
北海道における虐待の通報者の割合の結果と全国における平均との乖離があまりにも著しいので驚きました。市町村職員の割合は8分の1程度にまで下がり、管理のずさんさが伺える気がしました。
福祉施設による力に任せた介護というのは、もはや介護と呼ぶよりも「管理」と表現したほうが近いのではないかと思いました。こういったところにも社会的弱者への潜在的な偏見が見受けられるのだなと認識しました。
障害者虐待防止法施行前後の調査から、法の整備のみならず、その後の取組みをどうやって行っていくのかが、重要であるのだと感じました。また、施設・事業所の「対策・取り組み」が実効性がな無かったことから、この「対策・取り組み」は、それを行わなかったことへの指摘から逃れるための、形だけのものであったのではないかと思わずにはいられませんでした。意識改善のための中身のある取り組みを進めるのは勿論のこと、意識改善のために必要となる環境の整備も行っていく必要があると思います。
養護者における「相談・通報・届出者」の調査結果について、「警察」からの割合が高いということは、虐待がエスカレートしてしまうケースが多いことを意味しているのではないかと思いました。
そして、管理者が行った対策・取り組みの効果がほとんどなかったということは大変残念だと思いました。
また、虐待的関与というものが支援の現場において、利用者の問題行動の拡大につながることもあると書いてありますが、やはり力で言うことを聞かせるやり方は何も良い結果を生まないのだなと思いました。
親の認識の甘さによって、虐待と気付かないうちに虐待行為をしてしまっている状況も少なからずあると思うので、日常生活でどのように接しているのかを振り返るような機会を増やす取り組みが必要であると思いました。
私には障がいを持つ妹がいます。生活をしている中で言うことを聞かなかったり、手間の掛かるような事をして、面倒を見るのが嫌になってしまい、放置してしまうことが何度かあったので、障がい者施設の職員の方々が手を出してしまう心情は多少理解できます。しかし、手を出したからと言って急に何かが出来るようになるというわけでもありません。私の場合、嫌になっても、笑顔を見ることでリラックス出来たので、手を出すことはありませんでした。職員の方たちにも施設や家庭でリラックスできる環境があれば、多少なりとも虐待が減少する一因になるのではないかと考えます。
資料を公開することは現状の把握、以降の対策において大きな役割を果たすものであり、重要な取り組みであると私も考えます。上の資料で目についた項目は虐待の本人自身による届出の少なさです。本人が虐待の相談をすることは勇気がいることであり、これは現在の教育における最大の問題でもあるいじめと通じるものがあります。本人たちが口を出さないのをいいことに危害を加えるということは卑劣極まりないもので、誠に憤りを覚えます。施設の職員がそのような行為をするというのも理解しかねます。施設の人のことを一番に考えている方たちではないのでしょうか。
地域による取り組み、学校による取り組みなど、共同体による活動が必要だと再認識しました。具体的な資料を提示されることで初めて事の重大さに気付く人もいます。当たり前ですがこのような積み重ねこそが虐待防止につながるのだと思いました。
小学生のとき、知的障害者支援施設に見学に行ったことがあります。そこで知的障害者の方と一緒の作業をする機会があったのですが、その方たちは私たちなどより遥かに正確に、かつ素早く仕事をこなしていました。支援者による虐待は「自分たちは彼らより優位にいる」「彼らに自分たちの言うことを聞かせなければいけない」という思い込みが根本にあるように思います。実際はそうとも限らないのだと支援者が気づくだけでも、虐待防止の一歩に繋がるのではないでしょうか。
障害者虐待対応状況に関する調査は各自治体で行うことは虐待防止や早期発見への大きなファクターであると考えます。今回の記事では北海道における調査と全国での調査のデータを比較することができますが、この比較がど各地域で虐待についてどのような人が虐待についての意識を強く持たなければならないか明確にできます。この調査によって意識をかえ、少しでも虐待事件の件数が減れば良いと願います。また、支援者による虐待または不適切な行為の克服に向けて、フィールドの実態を明らかにしようとする調査は障害者虐待防止法の施行前後での職員の意識改革が一切出来てないことが明瞭に現れました。職員が暴力はやってはいけないことと思っていても暴力を振るってしまっているという状況が浮かびます。「誤った支援」での経験がこのような状況を作っているのならば、こうした状況の打開には、ひとりでも暴力を振るって利用者をコントロールする状況をおかしいと思うことではないかと考えます。法改正で多少なりとも現場の意識が変わっていないことは運営側の責任が大きいと考えます。今一度、介護現場に関わる全ての人間が意識改革を行っていくことがまず絶対に必要ではないかと考えます。
この記事を読んで、この2つの調査結果は非常に興味深いものだと思いました。
1つめの調査の、養護者による虐待の相談・通報・届出者の北海道での割合が、全国のそれとは大きく違うこと、これが何に起因するものなのかわかりませんが、このような事実があり、なぜなのか、考え改善していく事は非常に大切だと思います。
また2つめの調査は、障害者虐待防止法がいかに現場で効果を発揮していないかが分かると思います。どんな立派な法律が出来ても、順守されていなければ何の意味もないと思います。しかし先生のブログにも書かれている通り、客観性の少なさゆえ、真実が見えにくいのが難しいところだと思います。したがって、こういったセミナーを開き、みんなで問題解決に向けていく事が大切だと思いました。
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