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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

羊の衣をまとった狼

 このところの日曜日は、朝日新聞が立て続けに次のような見出しの記事を報じました。「介護バブル群がるファンド」「5年で償却切れ老人」(9月29日朝刊)、「認知症入居者に過剰診療か―岐阜の施設一部架空の疑い」(10月6日朝刊)。高齢化の進展にビジネスチャンスをあざとく見出すというか、高齢者の必要を「食い物にする」というか。

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 一つ目の報道記事は、有料老人ホームがファンドの投資対象として高値で売買される一方で、高齢者の処遇や職員の待遇は二の次のままお寒い実態がまかり通っているというもの。「消費者主権主義」や「有資格者待遇」がいかに絵空事であるかを思い知らされます。

 このようなファンドによる買収が過熱するのは、「介護の需要は増える一方なのに、介護保険から給付されるお金を使って運営する有料老人ホームなどの施設が増えすぎないように、国や自治体が新設の認可数を抑えているからだ」(9月29日朝刊)と指摘します。

 その上、老人ホームの利用者である高齢者の回転率を上げれば上げるほど、新たな「入居金」「一時金」によって収益も上がるため、「医療が必要になったのでうちではもうお世話できない」などと理由をつけて「5年で体よく追い出そう」とする施設が増えているといいます。「5年で償却切れ老人」という業界用語は、人間を「5年で価値がなくなるモノ」として扱うことを露骨に表現するもので、あきれ果ててしまいます。

 ケアの担い手である職員は、低賃金のままノルマだけが増える実態に置かれていると指摘します。40歳代の女性介護スタッフは、「資格手当がつき、休日出勤も業務扱いに変わった。だが、毎月の手取りは18万円ほどでほとんど変わらなかった」とし、10年働いても「年収は300万円に満たない」と言います。記事は、職員の「将来への夢がしぼんでいく」という言葉で締めくくっています。

 特養や有料老人ホームの設置抑制が、ファンドの投資熱を高めているというのですから、ファンドは「ハゲタカ」よろしく現代の「ベニスの商人」に見えてきます。ホームの賃貸収入で見たファンドの利益率は何と「7~8%」に上るというのに、ケアする職員の待遇は改善されることはありません。これらの経営・運営のすべてに法令違反はまったくないのですから、制度設計とシステムの根本的欠陥が「利用者と職員のことは二の次主義」を産出しているといっていい。

 私は「介護を成長産業に」という考え方に反対なのではありません。むしろ、北海道新得町の取材からお伝えした「地域の基幹産業としての福祉」(9月9日ブログ)を育むことこそ、わが国の重要課題であると考えます。大切なことは、福祉・介護サービスの拡充整備が、障害者・高齢者を含むすべての地域住民とケアの担い手である職員の人権と尊厳を守ることに通じていることです。この当たり前の事柄を欠いているならば、本当の意味で「成長産業としての介護」と評価することはできないでしょう。

 介護の社会資源・サービスの不足がファンドに投資機会を拡大して、キャピタルゲインの増大にだけ帰結するような「成長」は、「介護を食い物にして成長するファンド」と言うべきです。介護サービスの量と質の発展とはまったく無縁の「成長」です。

 また、ケアする職員を大切にできないような介護事業者の実態は、職員の定着率を上げてマンパワーの質を向上させるための経営努力が損なわれていることを意味します。経営がスポイルされれば産業として劣化するのは当然で、この点においても、介護の業界は本当の意味での「成長産業」には決してなりません。劣悪な待遇を放置する産業領域は経営がスポイルされることによって結局ダメになると指摘したのは、ウェッブ夫妻です。

 さて、二つ目の記事は、「高齢者施設と診療所を運営する岐阜県の社会福祉法人が、認知症の入居者に対し、家族の了解を得ずに毎日のように訪問診療するなど過剰とみられる治療を受けさせ」、「一部には架空診療の疑いもある」(10月6日朝刊)との報道です。

 現在の制度では、認知症のように本人の意思確認が難しい施設入居者の場合、親族の同意を得ることを医師に義務づけてはいません。医師という専門家がこの点を悪用し、法の抜け穴をかいくぐって「過剰診療=あくどい金儲け」を追求する実態を露わにしています。

 専門家をめぐる問題報道は、弁護士でも相次いでいます。土地取引をめぐる詐欺容疑や殺人容疑で逮捕されるものをはじめ、その他にも弁護士会の役職まで就いていた弁護士が、成年後見業務の引き受け手となって被後見人の資産を使い込む事件などが相次いで報道されました。

 医師法の第1条は、「医師は、医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする」とあり、弁護士法の第1条は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。 2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない」と定めます。これらの法の定めは、忘却の彼方に追いやられているのでしょうか?

 違法行為や犯罪に手を染める医師・弁護士はさすがに例外だとしても、命の尊厳や人権擁護に高い社会的・専門的役割を果たすことが期待される専門家に、「あざとくお金もうけに走る」風潮がもし広まっているとすれば実に深刻な問題です。

 自治体や一部の大学が養成する「市民後見人」の中にも、首をひねりたくなる実態が一部にあります。有名大学の「市民後見人養成講座」を受けたことを看板にしてNPO法人をつくり、実態は「後見人ビジネス」で儲けようとする輩がいるそうです。また、「市民後見人」の看板を掲げたライフプランナーが法定後見に入り込み、高齢者の「資産活用=投資話」(資産保全ではない!)に持っていこうとする例まであるといいます。

 このような「市民後見人」は、地域社会における連帯や支え合いとは無縁ですからとても「市民」とは言えませんし、ましてや「投資話」にまで持っていこうとするのは本来の後見業務と相容れるものではありません。いうなら「名ばかり市民後見人」です。このような後見人が作ったNPO法人にしても、「特定非営利法人」の仮面をかぶった「営利法人」です。

 「介護を成長産業に」が真に成立するための絶対的な条件は、「まず公益ありき」です。私益の追求だけがまかり通る投資対象としての介護事業や、「個人の尊厳と人権を擁護する」面をしながらもっぱら私益を追求しようとする「専門家」・「市民」の類は、民衆にとっては「羊の衣をまとった狼」だと考えます。


コメント


 かつて戦後復興や高度経済成長を陰ながら支え、日本や自らの家族のためにと粉骨砕身の思いで必死に働き抜いた現在の高齢者のなかで、貧困が問題となっている。値下げされた1杯250円の牛丼を食べようか食べまいか考えるほどだという。昨今の経済政策の目玉と言えるアベノミクスの恩恵は彼らのような栄誉ある功労者には届かないのだろうか。
 
 一方で、私の先輩で教育学部で乳幼児教育を学ぶ女性の先輩は、乳幼児教育の現場に於ける劣悪で旧態依然ともいえる労働環境に対して私に愚痴をこぼしたことがある。なんでも、毎月の手取りの給与は他の教員職よりも格段に低いというのだ。乳幼児教育は人間形成上、最も重要な位置づけを占めているということを自論とする私からすれば噴飯ものである。
 
 一見、異なる話のようだが、これらのエピソードには共通項がある。それは、「当事者不在で利潤の追求が成されている」ことである。ここに先生が指摘されたことが重なるように感じられる。昨今の金融市場は折からの拝金主義に加え、金融先物取引、デリバティブといったマネーゲームが蔓延しているように見受けられる。それらは「実体のなさ」が問題であり、損失が計上されてはじめて重大性や過ちに気づくといった事例は山のようにあるが、最大の問題は、対象者への思いやりと倫理観の双方が欠落していることだ。かつての商業に於いては近江商人の「三方よし」の精神が重んじられていた。しかし今はどうであろうか。自らの利益にまっしぐらな「一方通行」である。また、問題となったコンプリートガチャは良い例である。対象者の多くは意思決定が大人と比較すれば薄弱である子どもであるとわかっておきながら課金等のシステムを改善しようとしなかった。更には子供の射幸心をあおりかねないと理解しながらも続けていたあたりに倫理観の欠如が露見されたと言えよう。
 
 いまや「羊の衣をまとった狼」は他者を見境なくむさぼるハイエナになろうとしている。利益ありきで進むビジネスについて再考しようではないか。今なお行われている「マネーゲーム」の多くには駒と化している当事者の犠牲によって成り立っている。その痛みはゲームを通して空疎なもの、実体のないものと化してしまった。


投稿者: 跳び王まんじろう | 2014年01月22日 14:03

介護についての話題は近年の高齢者の増加によって爆発してきましたが、そのどれもがネガティブな話題である(マスコミ的にはそちらの方が取り上げるのに都合がよいこともあるのでしょうが)ことがまず、非常に残念でなりません。
介護事業という一つの公益事業が世間に知れ渡るきっかけとして各ファンドが介護業界に乗り込んでくるとに関しては自分は否定しません。しかしながら、記事にも書いてあるような「『介護事業』という表面上は整って見える看板に隠れて等閑な運営管理状態がはびこっている」事実に対して政府や自治体が柔軟な対応が出来ていないのが難しいところだと感じます。
地方自治体などの公共団体もつまるところは何かしらの動きを見せていても、全体の収支を見る上で教育や介護は重要視していないのではないでしょうか。動いたとしても、今の介護業界の実態を正確に把握している人がどれほどいるのかも課題解決の壁になっていると思います。


投稿者: ぼぅろ | 2014年01月28日 22:33

一つ目の高齢者を食い物にする投資ファンドに関してコメントさせていただきます。大手居酒屋チェーンを展開する某有名ブラック企業なども利益目的で介護に進出している話もききます。もちろん民間企業が利潤を追求するのは当然だといえますがあまりにもひどすぎます。国の審査をもっと徹底したり、公営の施設を増やすべきです。またこのまま従業員たちの待遇も改善されなければ、人手不足の進行とストレス増加によるサービスの低下につながります。従業員たちが仕事に誇りを持てずに、ストレスに感じることが、入居者への虐待の原因になっているのではないでしょうか?
従業員をもっと大切にすることが、入居者を大切にすることにつながると感じます。この現状の早期の改善を望みます。


投稿者: ナカムラ | 2014年01月29日 12:53

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

【宗澤忠雄さんご執筆の書籍が刊行されました】
タイトル:『障害者虐待 その理解と防止のために』
編著者:宗澤忠雄
定価:¥3,150(税込)
発行:中央法規
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