障害者虐待防止法施行
この10月1日に「障害者虐待の防止、障害者の養護者の支援等に関する法律」(平成23年法律第79号)が施行され、障害者虐待防止の取り組みが全国で本格化することになりました。これに先立つ9月29日、日本司法書士会連合会は「どこにでもある虐待の芽に気づくために~共に生きる~」の施行直前シンポジウムを開催し、私は講師・パネラーとして参加しました。
日本司法書士会連合会シンポジウム
障害者虐待防止法は、「揺籠から墓場まで」の包括的なライフステージ(実際の虐待対応は、18歳未満は児童虐待防止法、65歳以上は高齢者虐待防止法となります)を対象とし、虐待発生の場所・集団も「使用者による虐待」(職場の虐待)を含むため、考慮すべき問題領域は広範多岐にわたります。9月5日には警察庁も、虐待対応の「立入調査」における警察への援助要請にかかわって、「障害者虐待の防止、障害者の養護者の支援等に関する法律の施行をふまえた障害者虐待事案への適切な対応について(通達)」を出しています。
虐待防止の取り組みは人権擁護の課題ですから、福祉・労働機関の支援者にとどまらず、法曹・医療関係者などの専門的支援と一般市民の協力は必要不可欠です。したがって、今回の日本司法書士会連合会の企画は、実に時宜に適ったものです。
このシンポジウムは、まず、曽根直樹さん(厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部虐待防止専門官)が法律の概要と要点をお話しになり、その後、私が「障害者虐待―虐待防止の取り組みを発展させるために」と題して講演しました(講演内容は、今週からインターネットや一般書店で購入できる拙編著『障害者虐待―その理解と防止のために』(中央法規出版)のエッセンスです)。そして最後に、虐待防止の最前線におられる木村良二さん(東京都大田福祉工場所長)と細川瑞子さん(全日本手をつなぐ育成会中央相談室長)を交えたパネル・ディスカッション「障害者虐待ネットワークと支援システム」となりました。
虐待防止を見据えて
個別の虐待ケースに対する適切な虐待対応を行うためにも、抜本的な虐待防止施策を講じるためにも、虐待発生のメカニズムと関連要因を明らかにしなければなりません。この点が不鮮明な取り組みは、「もぐら叩き」のような「今ここで」の対処に終始するだけだからです。
そこで、当日のシンポジウムは、虐待防止を念頭に置いた虐待対応と虐待防止策についての多様な論点が提起されました。障害のある人の人権擁護の課題としての虐待防止の取り組みが全国の市町村において真に前進できるかどうかは、当面する1~2年の間に、これらの論点をすべての関係者が共有し、個別具体的で包括的な虐待防止の取り組みが発展するかどうかにかかっていると考えます。
私の方から、司法書士会の皆さんに向けてとくに強調したメッセージは、次の二点です。
その一つは、使用者による虐待などへの対応で認証ADR(Alternative Dispute Resolution、裁判外紛争解決手続)がとても重要なことです。それは、職場で発生した虐待への対応では法的権利擁護が何よりも大切であり、虐待対応が遅きに失したような場合には、障害のある従業員の職場復帰が能わず、金銭的な解決を図らざるを得ないケースさえ想定されるからです。
私の懸念に終わればそれに越したことはないのですが、障害者虐待防止法の施行に関する経済界の動きはほとんど全く見られません。これまでは障害のある人がとかく「泣き寝入り」を強いられがちだった職場内虐待の事案が、職場の人権侵害の問題として真正面から取り上げられるようになることには、はかりしれない意義があります。
もう一つは、今後の成年後見のあり方についてです。虐待対応の初動段階は、障害のある人や家族の意向にかかわらず、事実確認や安全確保のための分離保護を実施しなければなりません。これらの支援は、「自己決定・自己選択」によるサービス利用ではありませんから、障害のある人が客体化されやすい局面を構成することになります。虐待対応を「自立生活への契機」として受けとめるのであれば、障害のある人自身が虐待からの立ち直りの主体となるように、どこかで支援を組み替える必要があります。
つまり、虐待対応は、虐待対応の中核機関(市町村や市町村障害者虐待防止センターなど)を結び目としたネットワークから初動の連携支援がはじまるとしても、当面する危機への対応がひとまずの落ち着きを見せた段階から、障害のある人を真中に据えたネットワークに組み替える課題が生まれます。したがって、今後の成年後見の役割は、障害のある人がネットワークの結び目となるような連携支援の構築に一貫した目配りのできる必要があるということです。
虐待防止の取り組みは、虐待防止法の守備範囲にとても収まるものではありません。まさに、生活と労働にかかわるすべての制度領域と社会全体による虐待防止に向けた取り組みを、個別性と全面性をもって発展させなければならない課題です。障害者虐待防止法は、そのような広範な取り組みの起点に据わるものだということができます。
コメント
宗澤先生
先日は御多忙のなか誠にありがとうございました。
基調講演では、我々がまさにお聞きしたかった「虐待発生のメカニズムと関連要因」についてお話下さり、今後の虐待対応の根本的解決に向けた取り組みに大いに参考になりました。
また、パネルディスカッションでは「ムチャ振り」に臨機応変にお答え下さり本当にありがとうございました。
今後も先生の御活躍をお祈りするとともに、当会への御指導御鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
障害者虐待防止法が施行されましたが、法律があれば虐待がなくなるわけではないと思います。何が虐待で何が虐待じゃないかは、人によって感じ方も違い、通報するかの判断は難しいでしょう。また、私は児童虐待については、今まで学んだことがありましたが、障害者への虐待があることは、この講義で初めて学びました。私のように障害者虐待というものがあることを知らない人もいるのではないでしょうか。だから、障害者と養護者の二者関係に孤立させない環境づくりのために、身近に虐待があることを周知させ、虐待の芽をみんなでつぶしていくことが大切だと思います。
今まで虐待防止法というのはあるのだろうなと思っていましたが、焦点を障害者に当てた虐待防止法が施行されたことは初めて知りました。この法律が施行されたからと言って障害者への虐待がなくなるとはいえないと思います。どこからが虐待になるのかという基準
もないし、つくることはできないと思うので、地域のセンターや病院などの観察も必要だと思います。
この記事を拝見して気になった点が一つあります。それは虐待発生のメカニズムと関連要因を明らかにすることが虐待防止につながる、という点です。たしかに、虐待発生のメカニズムを明らかにすることは虐待防止に少なからず効力を発揮すると思いますが、実際問題として虐待の発生メカニズムは、定義づけられるほど単純なものではないと思います。虐待防止を考えていくうえでは、それまでの前例に頼りすぎることなく、個々のケースに即した柔軟な対応が必要になってくるのではないでしょうか。
障害者虐待防止法の施行をきっかけに職場でも家庭でも意識する人が増えると思いますが、法は一種の手段でしかないため、この法律だけで障害者への虐待をなくすことは難しいことだと思います。虐待の中には心理的な虐待も存在し目に見えなかったり、虐待かどうかの判断が人それぞれの考えによってしまったりするところにその難しさがあると思います。また、経済界の動きがないのであれば、職場を虐待によってやめた後の、金銭的なアフターケアが心配ですし、養護は長期にわたるにも関わらず、社会的扶助は少ないように感じ取れます。障害者の生活を守るためにはそういった問題を解決しつつ、地域センターやコミュニティの協力を仰ぎ、日頃から虐待防止に励むことも必要不可欠なのではないでしょうか。
障害者虐待防止法の施行によって、障害者に対する虐待が、より積極的に摘発、解決されるようになることを期待します。
しかし、虐待を防ぐためには虐待原因究明や被害者である障害者の人権の保護だけでなく、被後見人や障害者の周囲の人々が障害のある人を健全な精神で支えていけるようなサポートについても考える必要があるでしょう。
この類の法整備に関して、日本は諸先進国と比較して遅れ気味である印象は否めません。また、社会制度整備の遅れが、障がい者を取り巻く環境向上の停滞の一因であるとも言えるでしょう。この障害者虐待防止法の施行が、絵に描いた餅で終わらせぬ様、一般への周知を図り、社会全体で障がい者との共生をもっと真剣に、より誠実に考える契機になれば良いなと心の底から思います。
障がい者への虐待は、職場はもとより、それ以前の就職の機会でも存在します。すべての人が平等に生活を営むためには、この法律は大きな変化だと思います。この法律に大きな意味を持たせるためには、まわりの健常者の配慮が欠かせません。私はできる限りのことはしたいと思っています。具体的には、優先席やトイレや展示ブロック上での配慮です。配慮ある行動をみた人々もまた、行動を起こすはずです。考えて生活するだけでなく、行動を起こさなければ意味はないと思います。
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