福岡行の事故の顛末
ここのところ風邪で寝込んだり、眼に注射を打ったりしていたせいで、一週間ほど棒に振ってしまいました。そうして溜まりたまった仕事でお尻に火がついた状態で、先日、博多への出張に慌ただしく出かけたのです。羽田空港を離陸し、乗客がキャビン・アテンダントのサービスを受けているさなかの出来事でした。
広島あたりの上空での出来事でした。機内は何やら異様な雰囲気に包まれ、後部座席の乗客はいささか顔を引きつらせながら前方座席へと移動してきます。きなくさい臭気が機内を漂い、「異常事態の発生に違いない」と乗客一同が不安を募らせている頃合を見計らったように、機長によるアナウンスメントが入りました。
「皆さま、本日も○○航空をご利用くださいましてまことに有難うございます。只今、客室後部より煙が発生したとの報告があり、客室乗務員が原因確認のために調査をしているところでございます。当機は、現在のところ福岡空港に向けて順調に飛行を続けております。乗客のみなさま、どうかご安心ください。なお、今しばらくの間は、口と鼻をハンカチ等で覆って戴きますようお願い申し上げます。」
煙が発生した原因は分かっていないのだが「安心してください」と言い、その一方では「口鼻をハンカチで覆え」とは何事だ、矛盾だらけのことを言うな、え゛~!? 何を根拠にしてものを言うのか、また、話の筋目がとおっているかについて、私は仕事柄、敏感な質をしています。
私の額に脂汗がにじみ出した頃、客室ではキャビン・アテンダントが、いつもどおりの作り笑顔を絶やさずに「皆さま、どうかご安心ください」とアナウンスしながら通路をゆっくり歩いて回ります。
再び、機長のアナウンスメント。
「只今、福岡空港に優先着陸の許可を要請しております。この許可が下り次第、福岡空港に着陸する予定です。皆さま、どうかご安心くださいますよう重ねてお願い申し上げます。」
それでもって、客室のキャビン・アテンダントは、引き続きいつもどおりの満面の作り笑顔を絶やさないまま「皆さま、どうかご安心ください」と繰り返し通路を歩いて回ります。
ジュースやお茶のサービスに回る時とまったく同様の「作り笑顔」を絶やさない点は、さすがは感情労働の本家本元、キャビン・アテンダントならではの働きぶりで、乗客を落ち着かせるための職務上の対応とはいえ、実にあっぱれです。しかし、見ようによっては実に不気味、いかにも不自然。だって、発煙の原因は誰にも分かっていないのですから。一見して「どじょう」であったはずのものが実は「ピラニア」だったという昨今のご時世からか、見た目だけの「作り笑顔」は私の不信感を増幅させてしまうのです。
しかし、このような一連の乗務員の対応は、恐らく異常事態発生時におけるレベル区分(緊急異常事態~軽微な異常事態までをいくつかのレベルに分けた基準)どおりの対応マニュアルに従ったものと推測しました。
お尻に火のついた私は、出かける間際まで「障害者虐待リスクアセスメント・チェックシート」の作成に余念がなく、ちょうど「介入の緊急度に関する判断基準」を考えていたところでしたから、コックピットと客室の乗務員が「緊急対応チーム」として乗客を連携支援しているように見えたのです。そうして、「異常事態のレベルはきっと低いに違いない」と決め込むことにしました。
飛行中の機内で異常事態が発生した場合、キャビン・アテンダントが顔をひきつらせて慌てふためくのは乗客としては勘弁してほしいと思います。が、だからといって、原因不明の発煙時にもお茶や機内販売のサービス提供時と同じ笑顔を振りまいているというのもいかがなものかと思うのは、私が変わり者だからでしょうか?
感情労働の本家本元といわれるキャビン・アテンダントですから、いっそのこと異常事態発生時の対応マニュアルの中に、異常事態のレベル区分ごとの「作り笑顔の基準」も設定したらどうでしょう(笑)。たとえば、緊急非常事態には「一抹の笑顔にとどめ、口角に力を入れて引き締まった顔を保つ」、軽微な緊急事態には「柔和さを保持しつつ、機内サービス提供時よりは笑顔をトーンダウンする」なんてね。
しばらくすると、到着予定時刻より5分早めに福岡空港に着陸しました。滑走路には消防車が出動待機していましたから、着陸しても機内から解放されるまでは気が気ではありませんでした。空港ビルにつながるゲートに入り、やっと一息。「あーっ、怖かった~」。
人心地ついてゲートの廊下を空港ビルに向かって歩いていると、今降りたばかりのジェット機をしきりに眺めている男性がいます。私も気になってこの男性と一緒に、窓から機の後方部を見ると、どうも怪しい状態ではないかと見てとれる部分があって、私は早速デジカメで撮影をしました。
凹みのように見える部分は、汚れと元々の形状によるものだった
同乗した乗客も口々に「一体何が起こったのだろう」と言いながら、窓から見える当機を携帯電話で撮影しています。すると先ほどの男性が私に歩み寄ってきました。
「私は○○通信社の記者ですが、撮影された写真を場合によっては、配信に使わせていただけないでしょうか」となって、空港からタクシーで某通信社の福岡支社まで同道し、画像を提供することになりました。
通信社で画像を拡大してみると、一見怪しげに見えた機体後方の部分は、もともとのデザインと汚れによるものと判明しました。
数時間後になって、通信社の記者から「座席下の配線の一部がショートして焦げたらしい」との連絡をいただきました。通信社の皆さんは、ちゃんと「裏を取る」取材を重ねているのですね。こちらは、不信感を持つ隙間さえない見事なプロの仕事ぶりでした。
コメント
写真から推測するに、全日本空輸の機体と思われる。「先日」との記述から時期は推定できないが、日本航空が経営破綻してから1年は過ぎていることから日本航空が再生を果たして来ており、全日本空輸と日本航空との間でサービス競争が再び激化し、事故が起きたときの対応のマニュアルもゆるくなっていったのではないだろうか。航空業界のサービスはほぼ単一化しているので、他社との利益の差を生むためには‘安全’しかないのではないのではないか。異常事態の発生時、機長とキャビンアテンダントからの「安心してください」は、パニックを防ぐ以前に‘安全’を強く求めた航空業者側の主張ととらえられそうである。
確かに安全が確認されない状態で「安心してください」と言われても不安になるだけですが、私はこのセリフに違う気持ちが込められていると思いました。つまりは「静かにしていてください」。たとえ安全な場所にいても大声で怒鳴り出す人が近くにいれば、嫌な気持ちになります。苛立ちは人の感覚を鈍らせ集団パニックを生み出すかもしれません。そうしたことを防ぐための「安心してください」なのではないかと思いました。
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