もし私が「もしドラ」を読んだら
NHKアニメの視聴をきっかけに、岩崎夏海著『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(2009年、ダイヤモンド社)を読みました。なかなか面白い本です。
この本は、現在「第28刷」とベストセラーであり、NHKでのアニメ化に加え、映画化も決まったそうです。内容をご存知の方は多いと思いますが、はじめてだという人のために簡単に内容を紹介しましょう。
主人公の「川島みなみ」は、東京の多摩地域にある都立高校野球部のマネージャーになり、「いつもはよくて三回戦止まり」の野球部を甲子園に行かせるまでに強くしようと、P.F.ドラッカー著『マネジメント[エッセンシャル版]』(2001年、ダイヤモンド社)の知見を役立てていく物語です。
野球部という組織の定義、野球部の「顧客」とは何か、部員に対するマーケティング・リサーチの実施、専門家の通訳(野球部監督の知見をわかりやすく部員に伝えること)、イノベ―ションや人事の取り組み、そしてマネージャーの「真摯さ」をつきつめて考えることなど、マネジメント論につきまとう語彙と概念の抽象性が「野球部を強くする」というテーマにふさわしく具体的に描かれている点が、本書の真骨頂だと考えます。
このように、マネジメント論は市場セクターに限られた経営管理論ではありません。しかし、マネジメント論には誤解と無理解がつきまとってきたこともまた事実です。
ドラッカーやフィリップ・コトラーに代表されるマネジメント論は、20世紀から今日までの資本主義的企業経営の事実から導かれた学際的で応用的な経験科学です。私見によれば、フォード・システムやテイラー・システムに関する議論が大規模工場に象徴される直接的生産過程に軸足を置く管理論であるのに対し、ドラッカーやコトラーのマネジメント論は金融・サービス産業をも含む経営管理過程に軸足を置くということができるでしょう(コトラーについては、次を参照されたい。『コトラーのマーケティング・マネジメント』、『コトラーのプロフェショナル・サービス・マーケティング』、ともに2002年、ピアソン・エデュケーション)。
後者のマネジメント論は、とくに20世紀の後半以降、社会と組織の編成がさらに複雑化し、「社会の中の企業」と「企業の中の社会」を合理的で効率的に運営する必要から考察されてきたものです。これらは確かに市場セクターである企業経営の必要から編み出された知見ですが、20世紀資本主義の企業は組織運営の試練をもっともくぐってきた組織であるため、そこで得られた組織運営や人間関係に関する科学的知見は非営利セクターに活用できないというものでは決してありません。むしろ、このような知見をその他の組織にも積極的に敷衍しようとする努力と考察が進められていますし(例えば、フィリップ・コトラー他著『非営利組織のマーケティング戦略』、2005年、第一法規)、福祉や医療の領域のマネジメント論も大きく言えばそのような流れから分岐したものです。
たとえば、福祉サービスに関する事業についても、これほど社会と組織が複雑化し、地域の多様な機関との連携が必要不可欠になってくる中で、地域住民のニーズにこたえるための合理性と効率性を問う管理上の課題のあることはいうまでもありません。
かつての措置制度型の組織運営からなかなか脱却できない社会福祉法人の方には、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』を私は強くお薦めします。マネジメント論が市場セクターの議論に過ぎないとする誤解を解き、組織運営の刷新を具体化するためのヒントにあふれていること請け合いです。
ただし、現状のマネジメント論にはさまざまな制約のあることは指摘しておきます。
一つ目です。
すべてのマネジメント論の出自は、市場セクターの経営管理論にあることは疑問の余地がありません。ここでは市場セクターに議論の出発点があることに問題があるのではなく、市場セクターを土台に構成された概念やパラダイムの限界と応用を見きわめ切れていない問題点があるのです。
たとえば、「顧客」や「マーケティング」は市場を構成する概念のままであり、「医療機関-患者」「福祉支援事業者-利用者」の関係性は市場的な消費者主権の枠組では汲みつくせない、または捉えてはならない性格を持つ点については(内田樹『街場のメディア論』、2010年、光文社、また拙著「消費者主権主義を乗り越えて」『どうつくる?障害者総合福祉法』第4章2節、2010年、かもがわ出版)、考察を事実上、放棄します。
二つ目は、一つ目の問題点とも関連して、市場的価値を無原則に肯定する傾向性が否定できない点です。
冒頭に取り上げた『もしドラ』の最後は、甲子園に出場することになった野球部の主将が、「甲子園ではどんな野球がしたいですか?」とのインタビューに答えて「あなたは、どんな野球をしてもらいたいですか?」と言い、「ぼくたちはマーケティングをしたいのです」「顧客が価値ありとし、必要とし、求めているものから、野球をスタートしたいのです」と言い切ります。
ここでは高校野球の教育的価値は市場価値に還元されています。このストーリーの終わり方のつまらなさだけはいただけません。
三つ目に、マネジメント・システムの最先端を行くアメリカにおいて、医療と介護の実態は著しい格差が放置されてきた点にかかわります(アンドル・アッカンバウム著(住居広士訳)『アメリカ社会保障の光と影-マネッジドケアから介護とNPOまで』、2004年、大学教育出版)。非営利セクターに関するマネジメント論は、社会システム全体に対する責任の所在が不明確なままです(この点については、拙著『地域に活かす私たちの障害福祉計画』、2008年、中央法規出版で議論しています)。
最後は、経済合理性の考察をめぐってのものです。
ドラッカーやコトラーのマネジメント論は、企業経営と非営利セクターの予算を決して同列に論じているのではありません。市場セクターに求められる資本蓄積の効率と、ソーシャル・マーケティングに必要な公益実現のための予算編成を峻別したうえで、それぞれの組織にあるべき効率を議論しています。
しかし、非営利セクターの扱う問題群に対して責任を負うべき国家の社会保障が原資の柱に位置づけられることもないのです。そこで、非営利セクターの自主性と自発性によるマネジメントだけが一方的に強調されて議論されることになり、生活困難の社会的克服という課題は市民社会サイドに収斂する構造を持ちます。このままでは、自発性のある福祉社会と社会的責任を担保する福祉国家の最適な結合のあり方を探る課題は、視野から消失します。むしろ、経済合理性の観点からも、福祉社会と福祉国家の組み合わせ方についての積極的な議論をするべきだと考えます。
今後、以上の四点に分け入った考察を深めない限り、マネジメント論に対する誤解は解けることなく続くでしょう。
コメント
私も、読みました。「もしドラ」先生のおっしゃるように 非営利組織には必ずしも当てはまらないところはありますが、「人を生かし」「その人の強み」を「生産的な仕事に結びつける」こと。日々組織のなかで働く私にはとても、合点のいくものでした。
そして、泣かされました。さすが、AKB48のプロデュースに携わった人の作品ですね。
「もしドラ」、私もアニメと本の両方を拝見・拝読しました。
ビジネス書を参考に高校の野球部を運営するという着眼点が非常に面白いと思いました。
また、様々な人に経営学のハードルを下げている点では優れた書籍だと思います。
ごく普通の少女を主人公とした物語形式の実例を出し、難しいと敬遠されがちな書籍がわかりやすく説明されているなと感心しました。
世間にはそれらの新奇さが受け入れられているようですね。
ただ、一つの小説として見ると、少し面白味に欠けますね。
物語が万事順調に進みすぎてることと、先生が仰ったように、後半の失速です。
先生が経営学を医療・福祉の分野に応用して考えていらっしゃるのを見て、拙いながら私も同じ問題を考えてみました。
「もしドラ」や普通の市場マーケティングでは、売り物・サービスなどは顧客が享受する物です。
大抵は顧客にさほどその商品の専門知識が無くとも買うことが出来、購入後万が一何か損害が起きてもクーリングオフなど取り返しが付きます。
売り買いにあまりリスクが無いということです。
しかし医療分野の場合、サービスに少しでも手違いが起きると、顧客の身体や命に損害が起きます。
顧客が亡くなってしまっては取り返しが付きません。
一般のマーケティングと医療の提供の一番の相違は、リスクの大きさだと思います。
医療では、サービスの大量提供や安価に抑えるための手順簡素化は一切できません。
作業効率の良さではなくとことん質の良さを追求しなければならないのです。
その点では、専門知識で安全第一に医療行為を行うと、料金や進度など顧客のニーズに応えられないことが多いのではないかと思います。
自分も「もしドラ」の本を読み、またアニメもすべて観ました。ビジネス書の内容を高校野球に関連付けてわかりやすく説明されており、難しく考えず単なる物語のように読むことができるため、多くの人が読んだのだと思います。
この本で取り上げられているように、このマネジメント論は市場セクターに限られた経営管理論ではないということがわかりました。しかし、先生が指摘されているように、経営学を医療・福祉の分野に置き換えて考えてみると、この場合は他とは異なることがわかりました。
医療・福祉などの非営利セクターに関するマネジメント論は社会システム全体に対する責任の所在が不明確ということについて、自分の理解がとどかないことであったので、今後勉強していきたいと思います。今まで気付けなかった別の視点からマネジメント論を改めて考えてみるのも面白いのではないかと思いました。
「もしドラ」の本を読んだの感想は面白い、そして経営関する基礎知識が簡単に理解できる。本では、よく出てくる話はドッラカーが執筆した目的と主人公の読む方が違っているということだ。しかし、ストーリを読み終えた後は、マネジメント論が多くの分野に適用できるということを感じた。
ブログで述べたように「福祉サービスに関する事業についても、合理性と効率性を問う管理上の課題のあることはいうまでもない」。私が同感している同時に、福祉事業のマネジメント論のあり方についても考えさせた。
福祉事業は主に国家が担当している。市場が形成しにくいに加えて、顧客のニーズも様々である。統一事業の形成と管理が難しくなると思う。しかし、福祉事業は人々にとって不可欠な分野である、これから老齢化しつつある日本は国家の保険だけに頼ることはできないだろう。福祉分野でも新たな市場が作ることが期待されていると私は思う。
私も「もしドラ」のアニメのほうを拝見しました。内容が難しそうな「マネジメント」を高校野球を例として、とても分かりやすく、また頭に残りやすく工夫されていてとても素晴らしい作品だと思いました。
ただし、2つ目のご指摘の通り、高校野球の教育的価値を市場価値に還元しているところは私も納得いかない点ではあります。
また、3つ目のご指摘もこのブログを読んで興味を湧きました。この経営学を先生の専門とされている福祉、また医療の視点から考えると、普通のマーケティングとは異なる。ということについてです。まだ、私の知識では完全に理解できないので、これから勉強していきたいと思います。
私は「もしドラ」の本を読みましたし、映画も見ました。内容は非常にシンプルでわかりやすいというのが「もしドラ」を読んだ私の感想です。
高校野球の教育的価値が市場価値に還元されているということですが、これは今の日本の野球強豪校の私立高校では当たり前のことではないでしょうか。マーケティング戦略の一部として、高校の看板、広告として野球部が存在し、受験者を集めている以上、個人的にはこのような書き方の本が出ても仕方がないような気がします。
公立の小、中でも学区制の廃止が盛んに言われ、教育的価値イコール市場価値になってきているように思います。
私も父親に勧められて『もし高校野球の女子マネージャーがドラッガーの「マネジメント」を読んだら』を読みました。読書が苦手な私ですが、野球に興味があったのでスラスラ読めました。普通の高校野球の話とは一味違ったストーリーだったと思います。この本の元となったドラッガーの「マネジメント」も読んでみたくなりました。今度読んでみようと思います。
私も話題となっていた「もしドラ」を読みました。たしかにビジネス書を読むよりなじみやすいと思いましたが、内容的にはなぜこれでこんなに売れているのか疑問を持ちました。
高校野球を通じてマネジメントを説明するのは分かりやすいですが、ストーリーとしてできすぎて、全て理想的に進んでいるので現実味の薄れた話だと感じてしまいました。
あくまでマネジメントは理想論で、経営の心構えとして捉えるものだと思うし、絶対的なものではないと思います。
私も「もしドラ」を読みました。経済学の本というのは難しいと感じていましたが、甲子園を目指す野球部という私たちの身近なもので、ドラッカーの経済学論を活かすというコンセプトはとても魅力的である。自分は教育者を目指しているので、どこかで経済学を活かせる機会があれば実践してみたいと思う。
私もずいぶん前の話になるのですが、「もしドラ」を読みました。私自身は、この本は売れるために書かれた本だという感想を持ちました。まず、近年のブームになっている過去の偉人の再評価。私の記憶が正しければ数年前にニーチェに関する本がよく売れていたと思うのですが、この「もしドラ」ブームもそれと同じ雰囲気を感じます。
さらには興味を引く表紙や状況設定。そしてメディアによる広告戦略。過去の偉人が再評価されることはとても良いことだと思いますが、同時に少し複雑な気持ちも覚えました。
私も「もしドラ」の本を読みました。この本は普段経済や経営にあまり関心のない人たちにもマネジメント論という様々な分野に応用可能な理論を広めたという点で大変すばらしい本だと思います。この本はドラッガーのマネジメント論という一般人ならまず避けそうな内容を高校の野球部に関連づけることで、経済経営の知識が乏しい人にもマネジメント論の考え方を使えるようにしていると思います。確かに、先生がおっしゃるようにこれは市場セクターを土台に構成された理論であるため医療や福祉の分野では限界があります。しかし、医療や福祉に対して経済経営学という新たな視点を提供したという点では有意義なものだと私は考えます。
私も「もしドラ」の本は読んだことがあります。本を読むのが好きで本屋に立ち寄ったところ、この本には「高校や大学の授業でも使われている」というようなコメントが書かれていて興味が湧き、購入するに至りました。野球を通じて効率的なマネジメントを行うというストーリーですが、この場合野球部を1つの企業と捉えて発展に導くために部員1人ひとりをよく理解し、そして生かし、部を発展させるというものなので、医療や福祉といった場面でこの本から得たものを生かすのには私も限界があるように感じました。その他の、企業や学生の組織などでは多いに役立つ本だとは思います。医療や福祉に携わる人がこの本を読んで、医療や福祉の場面では限界があると考え、意見を述べることは大切であると感じました。これほど売れている本に対して、多くの人が意見を述べることで、医療や福祉が良い方向に進むきっかけになるのではないかなと思います。
自分ももしドラを読みました。スポーツをやってることもあって、なるほどなと思う場面やびっくりする場面も多かった。経済学と一言聞くと難しいなという印象をうけるが、ぜひ、色んな人に読んでもらいたいと感じた。
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