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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

21世紀型ベヴァリッジ・プランを提起しよう

 東日本大地震の発生から3週間余りが経ちました。震災の影響はまことに大きく、福島原発の「深刻な事態」も織り込むと、ひとまずの落ち着きを取り戻すだけでも、まだかなりの時間がかかりそうです。この夏には、政府が電力使用制限令(電気事業法第27条)を発動するとの報道もあり、東日本は「戦時中」のようなムードに覆われている感じです。
 だからこそ、今、考えなければならない課題があるのではないでしょうか。

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雲仙岳災害記念館から雲仙を臨む-果たして復興したのか

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 震災の今後は、防災計画の見直しや地域の再建という小さなテーマにはとても収まりません。政府・自治体の役割と機能、復興全体に必要な財源、放射能汚染による広範囲で甚大な環境破壊への対応、電力会社とエネルギー供給のあり方などの大テーマが存在します。わが国の経済活動に与えた影響もはかりしれず、早晩、日本資本主義の再建という課題に直面することは明らかです。

 ただし、これらの課題は震災が直接もたらしたものというよりは、震災を機に積年の矛盾が覆い隠せなくなったと言うべきものと考えます。

 バブル期に産業の空洞化がはじまり、バブル崩壊によって、民衆の生活と労働はズタズタに引き裂かれ、不平等きわまりない格差社会を生んできました(民間企業の経営の観点からは、もっぱら「バブル崩壊以降」の問題を取り上げて「失われた10年」「失われた20年」などという捉え方が横行しています。しかし、わが国がグローバリズムの波に呑みこまれ、産業構造と、したがってまた国民の就業構造と暮らし向きの転換が始まったのはバブル期からであり、国民の生活領域を扱う専門分野の時期区分としては、「バブル崩壊以降」ではなく、至近の時期区分に「バブル期以降」を据えるべきだと考えます)。

 ここで、東日本大地震の以前から政治課題にされてきた「社会保障と税の一体改革」には、よくよく注意を向けなければなりません。前回ブログにも記したように、これは「社会保障と震災復興と税の一体改革」にバージョンアップされて登場することは間違いないからです。

 議論の出発点は、被災者の個別具体的な生活再建を細大漏らさず、国民全体の生活再建をはかる点にあります。
 雲仙普賢岳の噴火(1990-96)や阪神淡路大震災(1995)については、「ようやく復興した」かのような漠然とした印象を抱きがちですが、被災者の生活には未だ大変厳しい現実が横たわっています。

 二重の住宅ローンの支払いに苦しんでいる人や事業再開のために多額の借入金を抱えている経営者はむろん、結局、生活再建に至ることなく孤独死を迎える方は今日でも後を絶ちません。2000年に仮設住宅が廃止されて以降、2009年度までの復興住宅で孤独死された方の累計は630人に上りますし、その背景に社会のあり方を含む大問題が伏在することはすでに指摘されてきました(額田勲『孤独死-被災地神戸で考える人間の復興』、1999年、岩波書店)。

 実際、神戸や島原に足を運んでみると、被災地の街並みは美しいまでに復興し、場合によっては立派な建物の「災害記念館」まで存在します。しかし、表通りから奥や周辺に立ち入ってみると、現在でも屋根にブルーシートをかけたままの住居や商店が、震災当時の姿のまま放置されているのを目の当たりにすることができます。美しく整備された表通りと放置されたままの建物とのコントラストは著しく、震災がわが国の社会構造を介して民衆の生活と人生に産み出した究極の格差を実感します。

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火砕流に巻き込まれたカメラ―雲仙災害記念館で

 このような「復興」であっていいとは思いません。精神的な「痛み」を乗り越えていくだけにとどまらず、生活の現実を復興し、何が起きても誰もが安心して暮らしを営むことのできる仕組みを抜本的に構想する必要があります。

 さて、20世紀の福祉国家建設に多大な影響を与えたイギリスのベヴァリッジ・プラン(1942)は、第2次世界大戦の最中につくられたことはよく知られている事実です。
 このベヴァリッジ・プランは「戦災復興」のためだけにつくったのではありません。

 イギリスは、世界大恐慌の以前から慢性的な失業問題に直面し、失業保険は保険原理の範囲内では対応できない深刻な事態が続いていました。ここに大恐慌が起こり、国家財政は破綻の危機に直面し、結局は第2次世界大戦による戦時需要の拡大によって救われたのです。
 ただ、チャーチルはこのような積年の矛盾を抜本的に解決するための仕組みの立案をウィリアム・サー・ベヴァリッジに託し、彼が委員長をつとめる「社会保険と関連諸サービスに関する各省委員会」が政策横断的ミッションを進めました。その政治意図と実際の効果には、ファシズムと戦い抜いた後に、国民に保障される生活はこのようになるのだとのプランを明確に提示することが、国家的難局を乗り切るために必要な国民の連帯を育んだと言われています。

 わが国は、東日本大震災のはるか以前から深刻な状態が続いてきた失業問題、国民医療保険や介護保険における保険原理だけでは対応することのできない事態の継続、そして震災に伴う未曽有の難局を国民の連帯によって乗り切ることの必要性など、時代と問題の相違はあれども、ベヴァリッジ・プランの当時と相似する国家的課題に直面しているということができるでしょう。要するに、現在のわが国においては、権利と平等の実現を柱に据えたグランド・プランの提起とそれに対する国民的合意の形成が問われているのです。

 ベヴァリッジ・プランが掲げた「5つの巨人悪」に対する政策(「疾病」-医療保障、「無知」-教育保障、「陋隘(住居が劣悪で狭いこと)」-住宅保障、「無為」-完全雇用、「貧窮」-所得保障)がソーシャル・ポリシー(social policy、日本の「社会政策」とは異なる)の総合性と幅を担保した点や、保険原理では対応することのできない(ベヴァリッジ・プランでは、保険原理を堅持するために保険化することのできないものを指す)窮乏要因に対しては国庫負担にもとづく所得保障と社会諸サービス保障とした点について、わが国が20世紀にこれらをないがしろにしてきた反省を込めて、踏み込んだ検討をする必要があると考えます。

 震災による住民同士の「今ここで」の連帯から、パターナリズムを排除することによって、あるべき公共を政府機能に組み込んで仕上げる課題が問われています。


コメント


 東日本大震災から7月11日で4か月がたち、以前と比べると震災関連の情報量が極端に減ってきたように思う(福島第一原子力発電所関連の問題も例外ではない)。このことから、「復興が順調に進んでいる」といった楽観的な感想をもつようでは、報道の本質を理解できてはいないのではないだろうか。
 報道の立場からすると、報道者が取り上げようとするほどの目新しい進歩も後退もないから報道しない、ということに過ぎないことを理解したうえで情報を取り入れなければ、現実を知っているとはいえない。

 震災当初はライフラインをいち早く復旧させることや、食糧や薬、衣服、石油といった生活物資の確保に追われていた。一方で、現在に至っては、放射能問題という姿が見えない敵との戦いや、かけがえのない人々を亡くした苦しみ、やるせなさ、といった精神的な「痛み」との戦いが立ちはだかっている。家の二重ローン問題を抱えることになる人もいれば、失業して収入を得られなくなった人もいる。義援金も思うようには分配されてはいない現実を見ても、平常のような生活を取り戻すにはどれほどの月日が必要かも見通しが立たない。

 生活再建において、格差を生じさせてはならない。「東京に直下型の地震が起きたら、もっと手際よく必要な政治を行ってもらえるのか」と思われてしまうような状態であってはならない。一人一人の生命、生活、人生はかけがえのないものであるにも関わらず、政治の中心である東京か否かによって、対応の素早さが異なる、というようなことは断じて許されるものではないということは肝に銘じて取り組むべきである。「今、私たちが将来に向けてどのような行動を起こすべきか」を、口先だけではなく、現実と向き合って考える必要がある。

 暴動を起こすことなく列の順番を守り、耐えることができる日本人としての自負を糧に復興に取り組んでいかなければならない。


投稿者: 東風 | 2011年07月12日 23:17

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

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