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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

「煩悩を湯に流す」つもりが

(お知らせ)

 今月より、本ブログ更新が毎週月曜日となりました。今後ともよろしくお願いいたします(編集部)。


 長かった今年の暑い夏がようやく過ぎ去り、空も空気もすっかり秋になりました。このような時節になると、私は温泉がとても恋しくなります。この一年ほど、まとまった休日のとれない忙殺状態が続いてきたためか(S市障害福祉課企画係の夏休みをたっぷりしっかり取得した人たちはよく読みなさい!!)、今秋の温泉に募る恋しさにはひときわ大きいものがあります。
 でも、ただ一つだけ、私には温泉をめぐるほろ苦い思い出があるのです。

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湯煙が眼に滲みる(本文の温泉とは関係ありません)

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 福祉領域の仕事は、具体的な生をもつ個人に関与する性格をもつために、自分でも気づかない内に神経疲労を蓄積してしまうことがしばしば起こります。教育・精神医療・臨床心理等、対人支援にかかわる領域に共通する疲労かもしれません。

 私は、大学に身を置きながらフィールドワークをするため、支援者職員、行政職員、障害のある人とその家族などさまざまな立場の人たちとの関係づくりや交渉事があり、それぞれに異なるコミュニケーションに留意する必要に迫られます。ここに生じる自らの神経疲労を意識的にとりさるために、かなり以前から、あたかも禅僧が座禅に励んで煩悩を払うかのように、湯に浸って脳内をα波で充満させるひと時を設ける習慣をもつようになっていました。

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ひなびた共同浴場はまた格別(本文の温泉とは関係ありません)

 もともと群れることを嫌う質に加えて、一度はまったら深みに陥る凝り性なところも手伝い、「静かに湯に浸る」習慣を重ねるうちに、源泉の泉質と泉温にはじまり、掛け流し・循環・加水・加温など湯の管理に関することまで詳しく調べるようになりました。自称「温泉の達人」です。

 東北地方のとある温泉宿に泊まった時のことです。娘に同業者の友人を交え、真夏さえ雪渓の残る2000m級の登山を兼ねた旅でした。源泉掛け流しで「やや温め」の宿をドンピシャリに特定することが、「達人のプライド」です。

 予定した宿に到着し、さっそく友人と湯に入ってみるとどうも怪しい。宿の宣伝文句とは裏腹に、循環・加温の疑いが濃厚です。これでは達人のプライドが許さない。
 「恐らく、常時源泉を加えているに違いない。それを確かめる術はないだろうか?」

 つまらないプライドに駆られ、夜の11時頃に思いついた術は、「湯船の底の栓を抜く実験をする」ことでした。源泉を常時加えているなら湯量を落としてもすぐに回復するはずだと考えたのです。

 私の想定では、湯船の底にある栓をはずして若干湯量を下げた後に、栓を再び閉めて湯量の回復具合を観察するつもりでした。その湯船の栓は真鍮製の直径15センチほどもある頑丈なもので、はずすのはいとも簡単でしたが、再びそれを閉めることは湯船に残る湯の水圧もあるためかうまくいきません。そうする間にも、湯量はどんどん下がっていきます。このままでは、ボイラーの空焚きから火事になるかも知れません。

 「○○温泉旅館全焼。○○署は湯船の栓を抜くという宿泊客のいたずらが原因とみて、埼玉大学に勤める宗澤忠雄を容疑者として逮捕した」という翌日の新聞が脳裏をかすめました。

 すでに寝込んでいる友人を慌てて叩き起こし、空いたままの湯船の底穴を逆さにした風呂桶でとりあえず塞ぎ、風呂桶の上に私が乗って体重をかけ漏れ出す湯量をできるだけ抑えながら、二人で取り急ぎ善後策の検討に入りました。

 大の男の二人掛かりでトライしても、やはり金属製の大きな栓を底穴にはめる事はできないのです。「栓が穴にピッタリおさまらない原因は恐らく水圧によるものだから、いっそのことうんと湯量を落とし水圧を下げてしまえば、栓はしまるのではないか」―これが、覚悟を決めたわれわれの方針となりました。

 栓の代わりにしている逆さの風呂桶をはずし、思い切って湯量を落としました。みっともない裸姿の男二人は、湯船の水位を下げて行く様を緊張して見守ります。
 そうして、残る湯量が深さ30センチほどにまで下がった頃に、ようやく栓を完璧にしめることができました。

 私が思いついた浅はかな「実験」結果は、この宿の宣伝はインチキで、循環・加温だけの湯であることを明らかにしました。したがって、一度下がった湯量は回復するべくもなく、われわれは洗い場のカランで風呂桶に水を汲んでは湯船に注ぎ込むという「バケツリレー」を2時間ほど行ない、湯船になみなみと湯を湛える「加水・加温・循環温泉」を回復させました。このときが午前3時。嗚呼。

 この出来事を機に、温泉に入ると「余計なことは考えない、余計なことはしない」という「無我の境地」に集中できるようなりました(笑)。


コメント


普段お湯にはあまりつからないので、今度から長くつかりリラックスしようと思いました。


投稿者: 森野熊さん | 2010年10月12日 22:23

どうしてこうなった・・・。


投稿者: 四季舟 三吉 | 2010年10月12日 22:27

 私は温泉が好きでもなく、普段温泉に行く機会もないのでよくわかりませんが、温泉が好きな人はお湯の質やお湯の管理も気になるものなのですね。そして、源泉掛け流しかを確かめるために実験をした先生の情熱にあっぱれです(笑)


投稿者: キャサリン | 2010年11月02日 14:22

 日頃の疲れをとるために温泉につかりに行ったはずが、まさかの事件になってしまいましたね。先生は思ったことは行動に移すタイプなのか、何事も確かめてみるというのは素晴らしいと思います。ただ夜中必至な男二人の姿を想像すると笑えてきますね。


投稿者: G-2 | 2010年12月15日 21:34

 宿の宣伝のうそを証明するために実験するなんてすごいこだわりがあるのですね。宿のいんちきを明らかにした後、文句も言わず湯船の水位をもとのもどすなんて・・・
 すばらしいです(笑)


投稿者: ネイビス | 2010年12月22日 22:22

 宗澤さんが温泉好きとは意外ですね。私は、温泉に滅多に行かないので羨ましいです。それにしても温泉事件は驚きです。この記事を読んで笑っててしまいました。よく旅館の方にばれませんでしたね。その度胸素晴らしいです。今度からは気を付けてくださいよ。


投稿者: がちわら | 2011年01月09日 01:02

 プライドや知的好奇心に駆られて衝動的に行動を起こし、後悔するはめになることは私もよく経験します。しかし、自分のプライドや好奇心を信じて行動する方が楽しい人生を送れますよね。


投稿者: あねもね | 2011年01月19日 12:36

 温泉は本当に極楽ですね。自分もよく温泉で癒されているので、秋の温泉が恋しくなる気持ちは解る気がします。まだ福祉領域の仕事に携わるような経験は皆無に等しいですが、やはり生身の人間、その心と向かい合う仕事となると他の仕事に比べてみて自身の精神面での疲労が溜まり易いのも当然だろうと思います。ただしどんな仕事でも、否、仕事をしていなかったとしても疲れというのは知らず知らずのうちに体を蝕んで行くもので、特に過労死が増えつつある現代において温泉はもっと広く利用されるようになるべきだと思います。そこでこの記事の画像をみて感じた事が、このような施設(空間)にもっとバリアフリーな設計を普及することが今の日本の福祉において必要な配慮ではないかという事です。このような老若男女が心身を癒すための場所こそ、国民皆が難なく利用できるべきではないでしょうか。


投稿者: メルセデス | 2011年01月21日 01:30

 温泉での一件、お疲れさまでした。
 疑問を感じたら行動に移すのが達人…否、こだわりがある玄人の先生であるからこそ試みたことであると思います。
 ある温泉区域で乳白色の源泉が枯渇してしまい、ふつうの湯になってしまい、従業員は乳白色の入浴剤を用いるという事件を講義で話されてましたが、温泉を営んでいるところではところどころ不正が発覚してしまっているのですね。
 温泉は、自然の恵みであるからこそ、わたしたちに癒しをくれる。だからこそその自然の恵みを営みとしている人たちには、大切にしていってほしいと思います。


投稿者: サトハル | 2011年01月21日 17:27

 群馬県出身の温泉好きにはこの宿は本当に愚かであると感じます。温泉の違いは明らかに分かるのに…。一度、群馬県の温泉にもお越しください。


投稿者: ハル | 2011年01月23日 20:36

 温泉での実験お疲れです(笑)

 読んでる最中に、その場面が想像出来てとてもおもしろかった。
 結果的に宿側が悪いのに水を入れて元に戻している謙虚さが素晴らしい(←謎)。

 この手の話、もっと聞きたいです。


投稿者: ハ〇ダシティ | 2011年01月25日 12:15

 そこまでやるとは…
 先生の自称「温泉の達人」のプライドに脱帽です。しかしこの温泉もひどいですね。このような温泉はたくさんあるのでしょうか。自分は「温泉の達人」ではないので、これからだまされることがあるのかと考えると少し悔しくなりました。自分もいつか温泉にかぎらず、自称「達人」と名乗れるようになりたいです。


投稿者: ザック | 2011年01月31日 03:20

 ちょうど今からお風呂に入ろうと思っていたところです。良いタイミングでお風呂のおもしろエピソードに出会えました。
 私自身も昔友人らと某有名プール施設に行った際にほんの遊び心から「せせらぎの湯」と称した浅いプールのお湯をすべて枯らしてしまい、従業員さんを困らせてしまった苦い経験があります。私とちがって先生は自力で「加水・加温・循環温泉」を回復させたのですから恐れ入ります。
 話が戻りますが、宗澤先生が「温泉の達人」だったなんて存じませんでした。私自身も生まれつき皮膚が弱く、その療養やからだのリフレッシュのために時々温泉に行きます。一人で行くのもよいですが、母や祖母と一緒に行く温泉も大好きです。今度、「温泉の達人」が選ぶ温泉ベスト10をブログで紹介してくれたら喜びます!


投稿者: ヘルシア | 2011年02月01日 01:25

 源泉掛け流しとうたっていて実際は循環温泉なんてことは往々にしてあるらしいです。
 しかしはじめから源泉掛け流しではないのにそのようにうたっているところがほとんどという訳ではないようです。元々は源泉掛け流しだったけれど、周辺に他の温泉営業宿などができてきたりして、温泉が枯渇してしまうことがほとんどだそうです。
 周辺に温泉宿がたくさんできてくるというのは、温泉街の繁栄としてはいいことのように思えますが、温泉宿に温泉がなかったら本末転倒?


投稿者: ジュビロNO8 | 2011年02月01日 15:57

 温泉イイですね。とても気持ちよさそうです。
 数ヶ月前に銭湯へ行ったのですが、そこに「電気湯」というものがありました。
 あれはやばいです。拷問だと感じる人も多いと思います。
 興味があるのなら入ってみるのも良いと思いますが、生半可な覚悟で入ることはあまりお勧めできません。
 温泉の事件、とても面白いです。すべてが終わった時の脱力感が想像できます。


投稿者: \(^o^)/ | 2011年02月02日 04:00

 自分の地元には温泉が多々あり、よく行くのですがそのような疑いは持ったことありませんでした。多分、同じように源泉かけ流し詐欺にあったかもしれません。
 先生の好奇心と実行力に脱帽です。


投稿者: つきたて | 2011年02月02日 12:11

 たしかに旅先で温泉に浸かる時、これはちょっと怪しいではないかと思うこともあります。かといってどうこうを確かめるすべもなくむやむやな気持ちのままお風呂の時間が終わります。そしてそのままいつしか忘れ、また次にどこかの温泉で同じような気持ちになってっとなんども繰り返したような・・・気がします。
 先生のブログを読んでこういう確かめ方法があったのかと驚きました。機会があったらちょっと確かめたいですね。でも、確かめてしまうと温泉全体に対して不信感を抱きそうです。


投稿者: りくさ | 2011年07月13日 04:58

私は埼玉に引っ越してきてから大学の寮に住んでいるので、お風呂はユニットバスです。なのでこっちにきてから湯船につかることがなかったのですが、夏に旅行に行ったり、休日に温泉に出かけてみたりと、二回ほど湯船につかるときがありました。やはりすごく気持ちいいし、気分的に疲れがとれた気がします。昔はすごく温泉とゆうものがなぜか不潔感を感じてしまって嫌いでしたが、温泉の良さに気付けてよかったです。でも常時源泉を確かめるのはきっとしないほうがいいですね(笑)


投稿者: きゃめる | 2013年01月15日 02:22

 先生が講義でこの記事についておっしゃっていたのを聞いてから、結末が気になって仕方なかったです。まさか本当に実行してしまうとは!先生のアクティブさが伝わってきてとても楽しかったです。深夜のバケツリレーもシュールで面白かったです。そして、大事件にならずほっとしました。
 温泉良いですね!私には最近全然縁がないので、リラックスしに行きたくなりました。先生はよく行かれるそうですが、入浴して源泉かけ流しかどうかを疑うことができる達人度に驚きました(笑)


投稿者: まりおと | 2013年07月13日 13:53

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

【宗澤忠雄さんご執筆の書籍が刊行されました】
タイトル:『障害者虐待 その理解と防止のために』
編著者:宗澤忠雄
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発行:中央法規
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