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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

「障がい者総合福祉法」に期待する

 先日、厚生労働省の新大臣に就任された長妻昭氏は、抜本的な年金制度改革、社会保険・厚生年金病院の存続、そして障害者自立支援法の廃止と「障がい者総合福祉法」の新設等を打ち出しました。
 これまで、自治体の障害者施策を立案・進行管理する立場にあった私は、障害者自立支援法にはあまりにも多くの制約と問題点があると考えてきました。その概略は左の欄に照会する拙著に記していますが、今後の新しい法制度に大きな期待を寄せて、ここで新制度が担保すべき最低限度のアウトラインを取り急ぎ提言しておきたいと思います。

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(1)新制度設計の基本的スタンス
 障害者自立支援法のもつ最大の問題点は、当事者・関係者の意向を汲まずに行なった制度設計と、検討のプロセスが拙速であったこと、障害領域のサービス抑制に軸足が置かれていた点にあります。
 そこで新法では、障害者の権利条約の精神と諸規定が、関係当事者に異論のない水準で、国内法において全面的に保障される内容とすることが基本です。とくに、今回の新たな制度設計の過程はむろんのこと、今後のあらゆる施策の検討・立案・決定のプロセスに、情報公開と当事者の参画を全面的に保障することを担保する仕組みを構築すべきであると考えます。
 また、障害のある人の「虐待」は人権侵害に関する最大の問題の一つであるため、「虐待」への支援と予防の施策についても、「障がい者総合福祉法」に一体的な仕組みを担保することが望ましい形です。

(2)新しい障害概念による包括的なサービスの拡充
 障害者自立支援法は、障害程度区分認定が実情と乖離し、難病に象徴されるように、未だに「制度の谷間」に置かれる人たちを放置したままでした。
 新法では、現行の障害程度区分と認定審査の仕組みを廃止し、サービス受給権に「制度の谷間」をつくらない包括的な障害概念を採用することと、障害のある人とその家族の実情に応じて、必要十分なサービスの質・量が保障されるように改めることが肝心です。支援費支給制度で問題とされたサービス利用の地域間格差と濫救傾向については、個別支援計画の策定に関する技術的水準の向上に付託して克服すべき課題と位置づけ、コーディネーターの研修内容の見直しと研修の拡充をはかりつつ、新制度の目的と枠組みそれ自体からは、サービス抑制につながる仕組みを一掃することが大切です。

 OECD主要30か国との対比で見れば、わが国は「保健医療以外の全社会サービス」における公的社会支出のGDPに対する割合が低いことで知られています。GDP比にみる社会サービスへの公的社会支出(2001年)は、主要30か国平均1.7%、フランス2.0%、ドイツ2.6%、スウェーデン5.8%、デンマーク5.4%であるのに対し、日本は1.3%に過ぎません(OECD編著、高木郁朗監訳『図表で見る世界の社会問題-OECD社会政策指標』69頁、明石書店、2006年)。
 社会サービスの貧しさを克服するためには、障害領域の社会サービスに対する公的支出の目標は、すみやかに現状の1.5倍に、当面は2倍を目標とする財源保障を確保することが必要です。

(3)ノーマライゼーション理念を「絵に画いた餅」にしないこと
 ノーマライゼーション理念は、時代や地域の実情に応じて多義的に用いられる傾向をもつとしても、通常の市民の地域生活の不断の向上に資する取り組みの中に障害のある人の課題解決を位置づけてこそ、はじめて積極的な意味をもつものです(拙著『地域に活かす私たちの障害福祉計画』83~84頁、中央法規出版、2008年)。
 したがって、新しいサービス体系の構想は、殺伐とした地域社会の中で障害のある人の「自立」を強いるようなものではなく、共に生きる街づくりと一体となった地域生活保障型のサービス体系でなければなりません。それは、旧来の入院・入所型のサービスにウエイトを置くような、復古主義的で支援者との間に「共依存」を招きがちな考え方を排し、就労保障・日中活動保障と一体となった居宅支援・訪問支援型の諸サービスの大幅な拡充と、良質の「住まい」の保障が議論の出発点となります。

 とくにわが国では、広義の福祉政策(social policy)における住宅・所得保障のセーフティ・ネットが著しく脆弱なため、地域生活の質を担保しうる良質のグループホーム・ケアホームの整備に国家的施策の重点を置くことは緊急の課題でしょう。

 また、安心と安定のある地域生活に必要不可欠な相談支援体制の拡充も重要です。これまでの地域では、一方で利用者が「自分の懐具合」を考慮し、他方では事業者が経営に利するサービス利用に誘導するという問題点を克服できないまま、国レベルでは医療・保健・福祉・介護保険という制度上の財政バランスを費用対効果の視点からのみ考慮するという悪循環が続いてきました。このような構図の下で「財政管理の僕(しもべ)」としての性格を色濃くもたされてきたケアマネジメントを今後は廃止し、利用者の地域生活保障の観点だけを貫けるようなケースマネジメント(「ケアマネジメント」とは区別した表現をしておきます)の体制整備が必要です。

(4)障害者施策に地方分権の確立を
 地方自治の本旨に即して、地域の実情に応じた施策が体系的に整備されるような財政的・組織的・人的保障を確保することが大切です。この間の施策は、障害保健福祉サービスの自治体間格差が目を覆いたくなるほど著しく拡大する方向へと導きました。
 そこで、当面は全国各地域における格差の克服に向けて、格差是正の目標を明らかにした計画策定とその実施を図るため、地域の実情に応じた国の補助単価に改めた財政保障が必要です。ここでは、相対的な格差是正を目標とするのではなく、障害のある人に保障されてしかるべき生活の質を標準として検討しつくした上での施策でなければなりません。

(5)費用負担は公費負担原則で
 費用負担問題については「応益負担」を「応能負担に戻す」という議論が続いていますが、いささか論点が違うのではないでしょうか。

 「応益負担」を「定率負担」と言いかえたにせよ、考え方としては「同一サービス・同一負担」を原則とする点はごまかしようがありません。したがって、障害者自立支援法でずっと問題となってきたように、政治的なパワーバランスと財務省の「さじ加減」次第で、低所得階層のサービス利用抑制と大衆的収奪の強弱が変わるだけの仕組みです。

 それでは、「応能負担」原則に戻すとこのような問題点を克服することができるのかというと、決してそうではありません。
 1980年代から続いた「社会福祉改革」といわれる時代に、「応能負担」の現実は中間層にとってまことに厳しい負担を強いるものになっていきました。90年に乳児保育所を利用した私の実体験から説明すると、サービス負担の単価は乳児保育所が幼児保育所の2倍に設定され、私の負担した月額負担金は約5万円、年額約60万円です。ちなみに、当時国家公務員であった私の俸給は、私の当時の年齢の平均賃金とほとんど同額で、決してバブル時代の私学教員のような高額所得者ではありません。
 そうしてこの時代には、特別養護老人ホームに入所する高齢者と知的障害者入所更生施設を利用する子どものいる家族で、年額100万円を超える負担も珍しくなく、「応能負担」とはいいながらも、実際は政策当局の「さじ加減」次第で中間層が著しく収奪される「青天井負担」だったのです。

 そこで、社会福祉基礎構造改革が実現を目指した「応益負担原則」は、このような中間層の負担削減を露払いに用いてきました。つまり、「税金を払っていない人たちは無料または低額でサービス利用ができるのに対して、ちゃんと税金を納めている人たちがサービス利用の重い負担をしなければならないのは不合理である」というカリフォルニア型の「納税者の反乱」を追い風に使おうとしたのです。わが国でこれが成功しなかった原因は、この間の格差の拡大の中で「中間層の解体」が進んだからです。

 したがって、新制度で検討しなければならない費用負担問題の重要な論点は、低所得階層と中間層が対立的なベクトルに置かれない仕組みをつくることです。しかも、障害のあることを自己責任とせず、障害に由来する必要なサービスを社会全体で保障するという考え方に立つのであれば、公費負担を原則とする以外に道はないものと考えます。強いて蛇足を付け加えれば、富裕層以外には一切負担の生じない形にしなければなりません。
 このように考えないのであれば、「応益負担」はむろん、「応能負担」であっても、政治的なパワーバランスと政策当局の「さじ加減」に翻弄される仕組みが続くことになります。

 最後に、障害者自立支援法は社会福祉基礎構造改革の最終的な帰着点であるため、新制度の展望にはこれまでの諸改革の修正と克服への展望が必要不可欠です。とくに、この間の「改革」の中核に据わる介護保険法の抜本的改正を射程におさめた改革の手はじめとして「障がい者総合福祉法」を構想することと、北欧の「社会サービス法」のような一般法によってすべての保健・福祉サービスが包括的に規定され、老若男女を問わず「制度の谷間」となる国民を一人たりともつくらない方向性を明確にしていくことが求められていると考えます。


コメント


 私は発達障害者です。
 障がい者総合福祉法には障害者の定義として「発達障害」という言葉も明記されるのでしょうか?
 また、発達障害者には発達障害者手帳がありません。
 従来の精神障害者保健福祉手帳にかわり、発達障害者の人権擁護上、必要不可欠な「社会参加カード」交付規定条文が盛込まれるのでしょうか?
 ご回答をお願いします。


投稿者: M.T. | 2009年11月16日 13:27

 「障がい者総合福祉法」に関する2008年6月10日付けの中間報告を引用元にしてご質問します。
 私は発達障害者です。
 発達障害者の人権擁護上、必要不可欠な「社会参加カード」交付規定条文は障がい者総合福祉法にもりこまれるのでしょうか?
 ご回答をお願いします。


投稿者: M.T. | 2009年11月16日 13:34

私は新しい法律をつくる立場にいる者ではありません。しかし、お望みの「カード」は盛り込まれるべきものと考えています。そのことが実現するように心から願っていますし、その方向での世論を盛り上げたいと考えます。


投稿者: 宗澤忠雄 | 2009年11月23日 04:13

 北九州市立大学の学生です。先日は貴重なお時間を本当にありがとうございました。
 私は大学で福祉を学ぶまで福祉の現状をよく知らず、日本の現状に驚きました。むろん、障害者自立支援法が障害者のための法になっていないことを知り愕然としました。
 今日本の福祉は事業の利益中心になっているため、利用者は満足に福祉を活用出来ていない状態です。
 人々が安心して暮らせるよう、費用負担は公費負担にされることを私も望んでいます。貧困のために餓死、孤独死してしまう人も少なくありません。身体の弱い人が働くことがままならずに貧困に陥ってしまうケースは否定できません。日本の現状では、完全に「弱肉強食」の世界になってしまいます。どうにかこの状況を変えなければなりません。
 新法の「障がい者総合福祉法」の内容が当事者、関係者の意に添ったものとなり、現状が改められる法律になるよう、願っています。


投稿者: はな | 2010年01月10日 20:08

 先日は北九州市立大学での講義、
 お疲れ様でした。
このブログでは「障がい者福祉法に期待する」
ことがテーマとなっていますが、
私が何より制度を作るサイドのいる方々に
求めていることは、
「障がい者に対する一般の方々の理解を
 どうやって深めていくべきか」
ということです。
私の兄は身体障がい者なのですが、
兄が小学6年生のとき、
地元の中学校に進学しようとすると、
その中学校の校長は、
「うちには障がい者に対する設備も
 知識もないので無理です」
と受け入れていただけませんでした。
このように、周囲の人びとの理解が
ないというだけで障がい者の方々は
非常に行動を制限されてしまいます。
法整備の前にまず「意識整備」を。
これが私が法律を制定する側に
求めていることです。
参考にしていただければ幸いです。


投稿者: たかじん | 2010年01月11日 14:34

 先日、先生の講義を受けた北九州市立大学の学生です。
 この記事を読んで、「障がい者総合福祉法」について深く理解することが出来ました。しかし、同時に我が国の福祉には、まだ不備な点が多く、あらゆる場面においても、健常者側の自己満足に終わってはならないと思いました。
 近代以降、障害者の人権侵害と社会開発は進んできました。本来、万人が「主体」となるはずが、健常者が「主体」となってつくった社会は、一貫して障害者が排除されやすいものです。そして、障害者が、生活の中で直面する問題は、社会がつくり出した問題であるにもかかわらず、社会はこの問題を「個人の問題」にすり替えてしまっています。
 講義を受けて、我が国は、マジョリティな福祉を、万人の福祉だと謳っているのではないかと感じました。「障がい者総合福祉法」がどれほど効果をもたらすのか期待したいです。


投稿者: きなこ | 2010年01月11日 17:36

 北九州市立大学で、現代社会と福祉Ⅱの授業を受けている者です。
 
3日、4日の授業では、特に障がい者の人たちも暮らしやすい地域社会にするためには、具体的にどのような点を改善しなければならないのかを考え直すことができました。普段私たちにとっては何も支障のない少しのバリアが、障がい者の方にとっては、大きなバリアとなり、地域社会で暮らしにくくしてしまっているのだと実感し、地域社会を見直すきっかけになりました。
 
また、上の記事にもありますように、日本では保健医療以外の全社会サービスにおける公的支出の割合が低く、行政がもっと力を入れて障がい者も住みやすい街づくりを推進していくべきだと思います。

 日本も福祉大国デンマークなど北欧諸国のように、すべての国民が充実したサービスを受けられるように、行政をはじめ、国民一人一人が、より暮らしやすい福祉サービス、地域社会作りに励むべきだと思います。


投稿者: Lucky man | 2010年01月13日 13:56

 宗澤先生の先日の北九大での講義で、「日本は、障害を障害と認めない」国であることを知りました。
 実際にその人の生活や人間関係に支障をきたすことを、障害と認めないのは、確かに間違っています。日々、生活に「障害」を感じるのに、法的な援助も受けられない人々がたくさんいることを考えると、このままではいけないと強く感じます。
 普段の生活で不便を感じず暮らしている人にとって、障害のある人の困難はなかなか察しにくいのが実状です。障害により何か困難を感じた時には、臆せず社会に訴えかけることが大事だと思います。
 自分のためのみならず、それは同じ障害をもった他の人のためにもなります。障害による苦労や困難を多くの人が理解することが、障害をもつ人が住みよい社会をつくるための第一歩だと思います。


投稿者: sunshine | 2010年01月14日 02:44

 先日講義を受けた、北九州市立大学の学生です。
 この記事を読んで障害者福祉の現状について理解することができました。
 OECD主要30か国との対比において、日本の福祉水準が低いことは、この記事および講義において学びました。中間層にとって行きたいときに病院に行ける。利用したいときに社会サービスを気軽に利用できる。そんな社会であるならば、私は安心して暮らしていけると思います。
 「制度の谷間」にいる人々や軽度の障害を抱える人々、貧困にあえぐ人々にとってこの社会は安心して暮らせる社会ではないと思います。
 私も、北欧の「社会サービス法」のような法律を制定することによってすべての保健・福祉サービスが包括的に規定され、老若男女を問わず「制度の谷間」となる国民を一人たりともつくらないような方向で「障がい者総合福祉法」が制定されることを強く望みます。


投稿者: eito | 2010年01月14日 11:32

 先日の北九州市立大学での宗澤先生の講義を受けた者です。
 障害者自立支援法の廃止は利用者にとって、とても大きな躍進だと思います。
 「障がい者総合福祉法」において、特にこれまでの利用者の負担額について改善されることを願っています。
 景気も悪く、財政難なのは分かりますが、本当にこれ以上障害領域を始めとした福祉関連の予算は増やせないものなのでしょうか。日本のGDPの額と、欧州の国と比較した障害者福祉に関する予算の割合を見る限り、可能なように思えます。
 国レベルでも、地域レベルでも利用者目線でのサービスが行き届くように、「障がい者総合福祉法」の基本理念に先生の講義のテーマでもあった『共に生きる』という一文を加えてもらいたいです。


投稿者: ハッシュオニオン | 2010年01月14日 11:53

 障害者自立支援法について学べば学ぶほど、これは当事者ためのものではなく、国の都合によって施行されたものだという思いが強くなります。障害が重い人になれば、起きてから寝るまでお金がかかってしまいます。これのどこが自立なのでしょうか。
 施設で働いて月1,000円程度しかもらえないのに、施設利用料が15,000円もかかり、施設に通えば通うほど赤字になったり、家族への負担が増えたり、など問題点は多すぎるほどにあり、ここで挙げればきりがありません。
 障害者自立支援法は廃止の方向へと向かっていますが、これは、何もせずに待っていてそうなったのかといえば、そうではないと思います。当事者、家族、そして現場で福祉に携わる人が、声を上げ続けた結果だと思います。日比谷での大規模な集会、地方での集会、署名、要望書運動などが世論を動かし、政府を動かしたのでしょう。
 現在は、労働現場での問題を始めとして、自己責任の一言で「人間」扱いされてない人が溢れています。一般に健康な若者とされている人であっても、裸で資本主義社会に放り出され、職に就けなかったり、もし正規職員であっても、劣悪な労働環境を強いられていたりと、福祉を必要とする人は、確実に増えています。
 そこで今こそ、私たちは障害者運動に学ぶべきではないでしょうか。歴史上誰が見ても明らかなように、不条理な社会の在り方の中で、抑圧され、排除され、何より「人間らしく」あることを望み、運動を展開してきたのは、障害者領域の人たちなのだと思います。


投稿者: タックスマン | 2010年01月15日 22:06

 私の祖父は体が悪く、視覚障害者でした。
 当時私は幼かったので部屋で寝たきりの祖父の記憶しかありませんが、今思うと介護をしていた祖母の負担は大変なものだったと思います。
 障害者が障害者手帳を提示した場合、各種公共施設(博物館、美術館等)の利用料、電話料金などの通信費の減免サービス等が受けられますが、それだけでは障害者への十分な直接的支援とはいえない気がします。自立が難しい障害者や高齢者の介護・福祉サービスの料金負担の軽減、バリアフリー住居の割引など、もっと他にやるべきことがあると思います。
 現在でも社会の介護に対する理解・関心が低いとは言われていますが、確実に人々の意識は向上しています。簡単なことではないですが、早期に支援体系が確立されることを願っています。


投稿者: L.Scene | 2010年02月03日 00:27

 障害者自立支援法については授業で学んだのですが、この法案は障がいを持った方々視点ではないあまりいい法案ではないように思います。日本は福祉面においては世界の中でも、あまりいい待遇ではなく、もっと政府がお金をかけてほしいと思いました。


投稿者: 329 | 2010年02月03日 10:57

日本の福祉の水準が世界的に見て低いことは周知のことです。この問題について国が動くことは悪いことではないと思いますが、問題はこれからの方向性と内容であると思います。先生の講義でも時々行政への不満がこぼれるように、行政は現場の声を反映しないような決まりごとを作ってしまいがちです。現場で介護にあたる方や障がいを持つ人へのヒアリングなどが必要であると私は考えているので、正直国のように大きな機関でやるのは難しいのではないかと思います。


投稿者: forest | 2010年07月28日 03:00

 私は他の国の障がい者への認識がどのようなものなのか知らないので日本の状態がいいか悪いかなんて分かりませんが、ほとんどと言っていいほど「偏見」がなくなってないように感じます。
 私には障がいを持つ弟がいます。現在は職業訓練校で障がいを持つ子たちと一緒に生活していますが、中学校までは普通の学校に通っていたので何度となくいじめのようなものもありました。
 街を歩いていても感じますが、障がい者に向ける目は何年たっても変わっていないように思えます。障害者手帳によって補助金や、割引などの制度があって金銭面では少し助かっていると母から聞きました。しかしそれは十分ではなく、政府が法律などを作ったところでみんなの持つ偏見がなくなるわけではないと思います。
 福祉について考えようとする姿勢はいいと思うので、もう少し障がい者側やその家族の立場で考えてほしいと感じます。


投稿者: yuki. | 2011年01月12日 15:28

私の妹は脳性麻痺があり全介護の状態です。
しかし、私の妹には知的な部分での障害は無く、むしろ学習面でみれば、頭の良いほうだと思います。なので、両親が頼み込み普通小学校へ入学させてもらいました。手を補助することによりとても読みづらくはありますが文字を書けます。私は入学当初は不安でしたが、返ってくるテストはいつも満点で、どこの病院へリハビリに行っても学習面では驚かれます。妹の紹介が長くなりましたが、「障害者福祉法」に期待する、私も期待しています。妹が大きくなった時社会進出のできる法、そしてそんな世の中になっていて欲しいと思います。宗澤先生のような方が政界に増えていくことを願っています。


投稿者: ホプキンス | 2011年01月15日 18:06

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

【宗澤忠雄さんご執筆の書籍が刊行されました】
タイトル:『障害者虐待 その理解と防止のために』
編著者:宗澤忠雄
定価:¥3,150(税込)
発行:中央法規
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