Iさんの書にみる品格
梅雨末期は、断末魔のような激しい雷雨に襲われることがあります。写真1は、このような激しい雷雨がとおり過ぎた直後の、梅雨明けを告げる夕暮れを川越の街で撮影したものです。関東地方を除き、今年の梅雨は長引いていますから、じめじめした不快な空気が日差しの照る夏空に入れ替わることを待ち望む人はさぞや多いことでしょう。
そんななか、数日前に私は、障害のある人のケアホーム・グループホームの実地検分と資料収集のために、名古屋に出かけてきました。すでに梅雨の明けた関東から出向きましたから、ちょうどそのとき東海地方を襲った豪雨にはびっくりしました。“cats and dogs”どころか、“Tigers and Dragons”のようなどしゃ降り…(?)。
写真1 梅雨明けを告げる街の夕暮れ
その名古屋で、私は期せずして懐かしい人生に再会しました。
Iさんは、私が大学院を修了する頃、ゆたか福祉会の授産施設から塗装工場に一般就労された、知的障害のある方です。就職された当時、一般就労に向けて支援してきた職員と施設長の方から、Iさんがラジカセの外枠部品に吹き付け塗装する工程で懸命に働く写真とともに、ご紹介いただいた記憶が鮮明に残っています。
その工場で70歳近くまでしっかりと勤め続け、退職後の人生をケアホームで過ごされているところで、偶然にも再会が訪れました。
写真2 ケアホームでくつろぐIさん(左端。右の2人は職員)
一般就労で一つの事業所に30年近く勤続するだけでも大変なことです。これまでに私の知る範囲では、20年以上同一事業所に勤続した知的障害のある方は4人くらいでしょうか。Iさんには加齢に伴う足腰の弱りやIADLの低下もあるそうですが、新卒の若い方とは異なり、年齢にふさわしい風格と落ち着きを感じます。
赤瀬川原平氏の著した『老人力』(ちくま文庫、2001年)は、従来の能力概念にはとても納まり切れない、加齢に伴う人間の多彩な豊かさを考察したものです。Iさんの現在は、まさにそのような「老人力」を体現しているかのように見えます。若い頃のIさんと比べれば、支援者サイドのご苦労は大きくなっているとしても、人たるに値する暮らしを築いてきた方ならではの存在を感じるのは、決して私の勝手な思い入れではないでしょう。
忌野清志郎の「高齢化社会」の歌詞に耳を傾けていると、高齢期にわがままを言うようもこともまた立派な「老人力」だと思えてきます(1992年のBOOKER T & THE MG'Sを引き連れた武道館ライヴで歌われた曲、同ライヴのCD『HERVE MERCY』には未収録。次のページで公開中ですからご視聴下さい。なかなかですよ!! http://www.youtube.com/watch?v=5IbCbbOFQsw)。それと同様に、支援者が今のIさんにときとして手こずる場面があるのは、Iさんの老人力のおかげだと心底思えてくるのです。
次の写真は、今年の春先のお誕生日にIさんがかかれた書です。Iさんの今の願いを表わす達筆で、Iさんの「老人力」を雄弁に物語る出来栄えではないでしょうか。ますます「老人力のついてきた」赤瀬川原平氏は、「アサヒカメラ」誌に連載する『こんなカメラに触りたい』でクラシックカメラによる撮影写真を毎回発表されていますが、それに勝るとも劣らない品格をIさんの書に感じました。
写真3 Iさんの書『けんこう』
さて、この長引く梅雨さえ明けてしまえば、夏祭りに花火大会のシーズンです。しかし今年は、不況に起因して企業からの協賛金が集められずに中止を余儀なくされた花火大会も多いとか。そこで、この1日に埼玉県上尾市で開かれた花火大会の写真を少々。
でも、8月末の総選挙に向けた各党の公約とマニュフェストは、夏の風物詩の「打ち上げ花火」のようなものでは済まされせんね。Iさんのような障害のある人の人生と願いを、夏空の下で熱く受けとめるものであってほしいと考えます。
写真4、5、6 夏の夜空に
写真7 「たーまや~!」
コメント
先日は、北九州市立大学での貴重な公演をしていただきありがとうございました。
今回の記事を読んで、「老人力」という言葉に目を惹かれました。今回の記事では、知的障害のある人が70歳まで働き続けたというものでしたが、これもすごく驚きでした。理由は様々だろうが、私の印象では、障がいのある人が定職に就いても短期間で辞めてしまうと思っていた。本人にやる気があっても職場のプレッシャーにたえられなかったり、上司から辞めさせられることが多いと思っていた。なので、今回の記事には驚かされた。
70歳まで働き続けたIさんの今は、写真を見る限りとても元気そうに見える。記事でいう「老人力」がみなぎっている感じだ。健常者である無いに関わらず年をとっても元気ある表情で過ごすことはいいことだ。Iさんの写真をみるとこっちまで元気がもらえる。障がいを持っていても、みんな同じ1人の人間なのだと改めて思いました。
先日、北九州市立大学で先生の講義を受講しました。そのときにおっしゃっていたようなことが、この記事にもいえるのだなと感じました。Iさんは、障害を持っていることやご高齢であることをネガティブに捕らえずに、様々なことに取り組まれているのだと思います。現代は障害者に対するサポートもうまく機能しておらず、仕事の面でもさまざまな苦労があったでしょうに、30年近くも勤続されたということに人としての強さを感じました。だから、人たるに値する暮らしを築いてきた方ならではの存在感があるのだと思います。自分の状況は捉え方次第なのだと気づかされました。また、私の祖母はもう80を過ぎていますが最近はさまざまな趣味に時間を費やしています。ご高齢の方々が、「老人力」を発揮し、その多彩な豊かさを表現できるような社会を作りサポートしていくことも、この先に必要なことなのだと感じました。
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