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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

ある介護体験から

 私よりも30年配の「闘士」。
 若い頃は車椅子を使っておられましたが、加齢とともに全身性の不自由が進みました。この方が車椅子を使っておられた時代のエピソードです。
 道路を横断しようとしたら歩道橋しかなかったために、仕方なく車の往来を避けて道路上を横切ろうとしたそうです。突然、警官が「こらっ、ここは横断禁止だ」と怒鳴ったため、「『こらっ』とはなんだ、自動車の方こそ往来禁止にしろ!!」と応戦したとか。障害のある人への差別と偏見の著しかった戦争直後の時代から、権利保障を前進させる運動に参加していた方です。

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 私の学生時代に、この方がある研究会に参加されるための介護を、研究会の会場までを私の友人が、会場では私が、それぞれ担当した時のことです。
 俯きに寝転んだ姿勢で討論に参加されるため、机の上に一枚の畳を載せたところに落ち着いていただきました。しかし、その方がお話になるときは全身にかなり力が入るため、勢い余って畳から落ちはしないかと気を揉んでいたときのことです。
 「君たち、俺が落ちはしないかと心配しているんだろう。こういう状況は慣れているから大丈夫だ。そんなことより君たちも、議論に参加しなさい」
 障害のある人の権利擁護に長年にわたり取り組んできた「闘将」に一喝にされ、身体介護にひたすら気をとられていた自分の「人間の小ささ」を指摘されたような気がしました。障害のある人の人生から、一つの「闘志」を学んだように思います。

 学生時代の友人。
 脳性マヒのある女性で、車椅子を使っていました。私のサークルの友人たちが、必要な時に交替で介助していました。私が彼女の下宿を訪ねた折、彼女は自分の生い立ちを語ってくれました。
 「小学校低学年まで私は自力歩行ができたのに、ある整形外科医に間違った『精神主義的な』訓練をさせられ、結局、障害が重くなっちゃったの。当時はボイタ法とか、科学的なリハビリテーションは一般に普及していなかったしね」
 「それからは、思春期の間、ずっと悶々としていた。でも、高校3年生の時、大学に行きたいと親に言ったら、家族が一丸となって私を支えてくれて、とても嬉しかった」
 「大学に入ってから、車椅子に乗っていることにも楽しいことがあると思うようになったの。たとえばね、あなたが公園のベンチで一人腰掛けて座っているとする。そこで、道行く人を眺めていると、この人は今悩んでいるかもしれないなとか、あのカップルは幸せの絶頂だなとか、あるいはこの二人はもうすぐ終わりそうとか、分かるような時があるでしょ」
 「学食の中やサークルボックスで、みんなが立ったままわいわいがやがやしている時に、私が車椅子に座った位置から眺めていると、この人はあの子に気があるんだってすぐ分かったりして、その予感がまた、時間が経ってみるとほとんど外れたことがないのよ」
 「私は大学に来てから、自由になった気がする」

 恐るべし、この人間洞察力。淡々と語られる彼女の生活史には、私の想像を超える苦渋もあったことでしょう。しかし、彼女がその時に語ってくれた中味は、いろんな人に裏切られ支えられて、大学という自由な「学びの共同体」に羽ばたいたとき、彼女自身が「障害の受容」を深めていったことだと思いました。
 長年の、コミュニケーションとしての介護を通じて、それぞれの人にふさわしい価値の展望が開かれることもまた、介護という営みにあるかけがえのない一面でしょう。

 このように、介護とは、顔の見える関係の中で命と暮らしを紡ぎ、障害のある人の眼差しから社会的な人の絆と連帯を培う営みだと考えます。


コメント


 初めてコメントさせていただきます。
 私は現在、大学で福祉関係の勉強をしていますが、介護の現場にはまだ直接かかわったことがありません。そのため、現場の方のお話を聞いたり、関連の記事を読んだりして自分なりに考えることしかできませんが、介護というのは、両者が対等な関係で、お互いの生活と人生に深く関係するものだと思います。
 誰かを介護する状況になったとき、心のどこかで「してあげている」という気持ちがうまれてしまうことがあるかもしれません。しかし介護をすることで、様々な新しい発見があり、教えてもらえることがたくさんあるのだと、このブログを拝見して改めて感じました。介護というコミュニケーションは、深く相手を知ることができ、共に成長できるものなのだと思います。
 また、障害があるからこそ見える世界や感じるものがあるということも再認識しました。そういったことを肯定的に認めることが、「障害の受容」、そして「自分自身の受容」につながるのではないかと考えました。それは、障害のあるなしにかかわらず言えることかもしれません。
 私は今、自分の嫌なところや葛藤をたくさん抱えていますが、それがあるからこそできることや見えるものを見つけることができれば、自分自身を受容できるのかなと思います。


投稿者: おこめ | 2008年11月23日 23:52

 このブログを読んで、私達が日頃から意識していなくても”障害者を見る目”をしてしまっていることに障害を持っている方々は気づいているのだなと感じました。それに気づいていたからこそ、「闘将」は、自分のことより議論に参加するようにと言ったのだと思います。
 私の妹も軽い障害を抱えているのですが、周りの目は全然気にしていません。周囲から違う目で見られていることに本人は気づいていますが、それをものともせず、むしろ自らが障害を持っていて苦労したことや、そこから今の福祉社会をどうしていくべきかについて大勢の人の前で話したり、全国の方々と議論したりと、障害があるから外に出るのを恐れるのではなく、障害を持っているからこそ外に出て自分の思いを語っているのです。
 妹は何の障害もない私より何倍も強いです。私はいつも周りからどう見られているのか気になって仕方がありません。そういうところが私も人間が小さいのでしょう。
 妹はこのブログに出てきた「闘将」や「学生時代の友人」と同じだと思います。
 自らの障害を受容し、障害があるからこそ見えてくるものやそこから分かることを私達に伝えてくれる。そこから、私達が学べるものはたくさんあるように思います。そしてなにより、そういった方々は人生を楽しんでいるように感じます。
 私達には想像もつかないような辛い体験をしてきたからこそ、自分の好きなことができている時というのは何にも変えられないほどの価値があるのではないかと思います。


投稿者: みどり | 2008年11月24日 22:31

 初めてコメントさせていただきます。
 私も介護の体験をしたことがあります。中学生の時に、友人が足を怪我し、車いすで修学旅行に行きました。その時気付いたことが、バリアフリーになっていない場所がとても多いということです。車いすは平らな道しか行けないし、少しでも段差があると押しづらくてとても危険です。私が初めて車いすを押したということもあり、友人はとても怖かっただろうなと今思い返しています。
 普段は気付かないことも、この介護体験によって日常に目を向けるようになり、「ここはこうしてほしいな」など思うようになりました。また、障害があるから見えるものがあることを認識した体験でした。一番感じたことは、「ありがとう」という言葉は人を笑顔にするということです。
 コミュニケーションとしての介護という言葉を聞いて、正にその通りだなと思いました。言葉はなくても、触れることによって感じ取るものはたくさんあります。
 また、お互いを知ることができます。最後に、このコミュニケーションを通して、新しい発見や価値の展望が開かれることも介護という営みににあるかけがえのない一面であるという言葉にとても共感しました。


投稿者: スヌーピー | 2008年11月25日 11:27

 ブログを拝見させていただきました。
 私は、大学で「政策」の分野から様々な問題にアプローチするという勉強をしています。「車いすの方が歩道橋しかないから、道路を横断したら、横断禁止区域で法律違反」など、マジョリティが「普通」と思ってきた法律や政策に問題が浮き彫りになってきました。
 人間は、どのような形・中身で生まれて、育ってくるのかは全く分からないのだから、すべての人間が平等のレベルの生活をする権利があると思います(もちろん頑張る人にはそれだけの違いはあっていいと思いますが)。
 日本では、障がい者はもちろん、在日外国人やLGBT、エイズやハンセン氏病などの難病を持つ患者などのマイノリティにとって非常に生活し難い環境にあると思います。マイノリティにとって、マジョリティが作り上げてきた「普通」から除外されるような世の中は、大変な苦痛があると思います。
 すべての人が、「普通」の暮らしができる社会が実現されることが本当に望ましいです。


投稿者: くりす | 2008年11月25日 17:24

 初めてコメントさせていただきます。
 このブログを読んで、障害のある人に対する見方について考えさせられました。車椅子に乗っている人などを見ると私はまず、不便そうだなとか、大変そうだなどマイナスのイメージを持ってしまいます。実際に不便なこともあるかもしれないけれど、それがすべてではないということにこのブログを読んで気づきました。車椅子の女性のように、車椅子に乗っているからこそ見えてくるものもあるし、その人にしかわからないこと、できないことがいろいろあるんだと思いました。
 それに、周囲の人々が障害のある人に対して余計に心配しすぎていることもよくあると思います。障害のある人が自分ひとりでできるようなことを、周囲の人が余計に気を遣って手を貸すことは、その時点で障害のある人を傷つけてしまうことになるのではないかと思います。障害のある人が手を貸してほしい場合には手を貸し、自分の力でできることには手を貸さずに見守るべきだと思いました。  障害を受容して、障害があるからこそわかることがあるという考え方ができるのは本当にすごいと思いました。たくさんの苦悩を乗り越えてきたからこそ言えるのではないかなと思いました。


投稿者: きいろ | 2008年11月28日 12:54

 2度目の投稿です。
 私は、本来市民を助けなければならない警察官が、車が来ないうちに横断する手助けをするのではなく、「ここは横断禁止だ」と怒鳴った、ということが信じられません。
 そもそも歩道橋しかない道路はおかしいし、警察官が障害者を差別するのかと。

 私も足を骨折して車椅子に乗っていたことがあります。なだらかな坂道でも下がらないように力はいるし、大抵の道はでこぼこして進みにくくて仕方ありません。そして、私には周りの目が耐えられませんでした。
 車椅子を使ったのは数日間でしたが、車椅子というだけで周りの人が目線を下げて見てくるのです。この人はなんで車椅子なんだろうと詮索してくるようでした。小学生だった私にはそれだけで嫌でした。しかし、私もそんな目で見ていました。
 私が通う大学にも車椅子の方がいるのです。車椅子を経験し、大学生になった私が車椅子なんだ…と思ってしまいました。自分で思っている以上に障害者を意識しているんだと思いました。その方にも大学を楽しんでもらいたいです。


投稿者: 裕 | 2008年11月29日 12:36

 ブログを読ませていただきました。
 私は、大学の講義で車椅子の体験をしたことがありますが、とても大変でした。
 歩いているときは平坦だと思っていた道がでこぼこしていたり、水が溜まらない様に少し斜面になっていることに気付き、車椅子での移動がすごく難しいということが分かりました。障害のある方とそうでない方ではバリアフリーの捉え方が違うのだということを強く感じました。
 今まで、「介護」という言葉についていろいろな方の話を聞いてきましたが、コミュニケーションとしての介護というのは初めて聞きました。その介護の考え方はとても素敵だと思いました。人となんらかの形で関わっていくことで何かを得ていく、人を知って関係を作っていくことが介護の一面であるということに、とても感銘を受けました。
 最後に、「障害の受容」を深めていくことが障害を持っている人だけでなく、その周りの人も深めていくことがノーマライゼーションを実現させることに重要なことだと思いました。


投稿者: フジ | 2008年12月01日 19:57

 初めて投稿させていただきます。
 小学校高学年の時に、車椅子で生活する女の子が学校に来て一緒に過ごしたことがありました。彼女と一緒に行動していると、普段何気なく歩いていた廊下や階段も障害物のように感じたことを覚えています。大学に入って母校を訪ねる機会があり行ったところ、若干ではありますがバリアフリーになっていたのを見て少し嬉しくなりました。
 大学にはエレベータがあって、バリアフリーで車椅子でも移動はさほど困難ではないかもしれません。しかし、小学校・中学校・高校と振り返ってみれば階段ばかりでとても車椅子で生活できる環境ではありませんでした。
 私達は障害を持っている人たちと接する機会が多くありません。自分で関わっていかなければ、一生関わることもないかもしれません。
 障害がある・ないで住み分けをするのではなく、違っているからこそ一緒に生活をすることで、相手の立場に立つことのできる考え方を育んでいけるのではないかと思います。
 一人ひとりが関係のないことだと思うのではなく、相手の立場に立って助けあうことのできる社会にすることが本当の意味でのバリアフリーであると思いました。


投稿者: 彩 | 2008年12月02日 12:32

 ブログを拝見させていただきました。
 私はボランティアのサークルに所属しており、普段から障害のある人と接する機会が多くあります。
 その活動を通して、障害のある人は、私たちが思っているよりも強い気持ちを持っているということを感じました。
 私は障害のある人と接するときは、彼らを助けなくてはいけないという気持ちばかりもっていましたが、それよりも彼らと同じ目線に立って接していくことのほうが大切だということに気づきました。
 現在、バリアフリー化があらゆる場所で進んでいますが、まだまだ車椅子の人にとって暮らしやすい社会環境だとはいえません。
 しかし、そんな中でも車椅子で外に出かけ自立した生活をしようとしている人たちもいます。ブログの中にもありましたが、大学という自由な「学びの共同体」に羽ばたいたとき「障害の受容」を深めるというのは、社会に一歩踏み出したからこそ経験できたことだと思います。
 だからこそ、彼らが一歩踏み出したときに私たちに何ができるのかを考えていかなければいけないと感じました。


投稿者: やまこ | 2008年12月05日 23:17

私が中学の頃に事故にあって下半身に麻痺の残った友人がいました。とてもスポーツ万能のやつで学校が終わると一緒に野球をやったりしていた仲だったので事故後に初めて会う時、なんと言っていいか分からず戸惑ってしまったことがあります。その時にこいつはこんなことを言いました。「俺は頭が悪い。だから今の状況をすぐに理解すことはできない。けど、勉強ができない頭の悪い俺だって最悪のことから逃げない勇気はもっている。」と。
私は何と言う言葉をかけようか悩んでいたことがバカらしくなってしまった。障害を持つことは不運なのかもしれない。しかし角度を変えれば新しい価値を得る2回目の人生への一歩になるかもしれない。今日から障害者を見る目が変わりそうな気がする。


投稿者: おこめぱん | 2008年12月16日 14:00

 ブログ拝見させていただきました。
 現在大学で一人暮らしをしている私ですが、実家で生活しているころは、父が養護施設で働いていることもあり、小さい頃からよく施設の行事に参加したりしていました。
 ブログを読んだ後、ふとその頃を思い出すと、施設で生活をしていた人は、確かに洞察力の鋭い人がいたなぁと思いました。目が不自由な人は耳がよくなるというように、人より何かが不自由な人は他のところが敏感になるのかなぁと勝手に納得していました。
 私がその施設で接してきた人たちは、お年寄りの方が多かったのですが、みんな私を孫のようにかわいがってくれたのを思い出しました。私もまた新たな出会いを探しに、久々に施設に顔を出しに行こうかと思いました。


投稿者: UYA | 2008年12月16日 14:05

 小学校、中学校と同じ学校に障害者の女の子がいました。小学生のころは「子供ブランド」(子供向けのブランド用品のことです。服や靴、アクセサリーや筆記用具など大人のブランドのように普通より値段が高いです。)が学校で大流行していて、もちろんその子も毎日のように子供ブランドの洋服に身をつつんでいました。
 また、わたしが高校生のころ、宿泊研修で泊った青少年の家に盲学校の生徒さんたちも同じく泊っていたことがあります。そのころからわたしはあまりオシャレに興味がなく、宿泊研修ということで毎日ジャージで過ごしていました。
 しかし、その盲学校の女の子(耳の聞こえない子でした)は宿泊研修中は毎日オシャレな服を着ていました。(しかも洋服の系統はギャル系でした)
 障害者の子たちは真面目で大人しくてダサい服と髪型でいつも親と一緒にいるというイメージがあると思います。しかし、実際は違いました。障害者の人たちも十人十色なのです。共同体はいろんな人がいることです。
 共同体の中に障害者が含まれてないから、健常者が障害者を特別視しすぎるから上手くいかないのだと思いました。「みんなが暮らしやすい社会」は難しいようで簡単なのだと思います。


投稿者: 二人は島国☆MAXハート | 2011年01月17日 00:13

 この記事を読んで自分の心の狭さに気づき、はっとしました。車椅子の人や障害をもった人はかわいそうだと、心のどこかで決めつけていました。でも、それはただの偏見だと、改めて思いました。自分が車椅子に乗っていることを全然マイナスに考えていない、むしろプラスに考えている女性もいる。
 しかし、それは彼女が自分の障害を「受容」したからこそ、できることなのだと思います。
 私には地元のちょっとした催し物で出会った車椅子で生活している同い年の女性がいます。初めて出会ったのは中学生のとき。そのときの彼女はきらきらした瞳が印象的でした。それから、高校生のときに1度見かけたことがありましたが、その時の彼女はどこか暗くて瞳も沈んでいました。
 私が彼女と再会するまでの間に、何らかの壁にぶつかっていたのかもしれません。それは、私たち周囲の人により、作られたものかもしれないし、彼女自身が自分で作ってしまったのかもしれない。
 どちらにせよ、本当の意味でバリアフリーな社会を作るには、本人の「受容」と周囲の「受容」のどちらも重要なのだと思いました。


投稿者: きょーこ | 2011年01月18日 23:05

「障害者として接しないで」という意見はよく聞きます。私自身何も考えず接しようとします。けれど自分の目はいつのまにか障害者を見る目になっています。意識するからこそ自然にならない。人は皆違って当たり前だし、そう考えること自体が差別なのではないか。気付けばぐるぐると終わりのない考えに陥ります。障害者を見る目、とはどんな目でしょうか。かわいそう、関わりたくない、そういった冷たい目でしょうか。私は経験も少なく、はっきりとした答えは出せません。何事も経験することが大事だ、といいますが本当だと思います。そんな自分でも分かることは、見て見ぬふりをしないことだ思います。どうすればいいかわからない、迷惑かもしれない、それでも困っている人に声をかけるところから始めることが大切だと思います。


投稿者: 栗 | 2012年05月23日 11:28

この話を読んで障害者に対する考え方が変わりました.今まで僕は,障害者は自分が送っている普通の生活を送ることができなくて可哀想だと思い,同情していました.しかしこのお二人は体が不自由でありながらも前向きに生きていることがわかります.障害者をいたわることは大切なことですが,必要以上に同情をかけたりすることはかえって失礼なことだと思いました.


投稿者: shintaro | 2013年01月09日 00:58

 このブログを拝見し、介護等体験での経験を思い出しました。以前は介護や介助というと、できないことをやってあげるというイメージがありました。対等な人間であるとわかっているつもりでも、障害者のことをどこかでかわいそうと思う気持ちもあったのかもしれません。しかし、実際に触れ合うことで、その人の内面やその人だからこそ見える世界についての新たな発見をすることができました。コミュニケーションとしての介護を通して、お互いを知ることは大切なことだと思います。


投稿者: 花 | 2013年01月15日 22:09

身障者の人は私たち健常者といわれている人たちよりも優れている部分が多く私たちにはない価値観や感受性を持っていて私たちも見習わないといけないとつくづく考えさせられる。今回このブログをみてさらにその気持ちが強くなった。しかし、実際身障者に対しての偏見はいまだに多い。戦後に比べればよくなったとは思うが現在でも身障者であるというだけでお店に入れなかったり学力では達しているのに高校側に拒否されるなどの実例もある。これからもっと身障者と健常者が隔てなく暮らしていき互いに考えを共有できるような社会になっていってほしい。


投稿者: うちなーんちゅ | 2013年01月17日 16:39

30年配の「闘士」の方や脳性マヒの方のエピソードはとても興味深いものです。障がい者は見えない所で精神的ストレスに苛まれ、その周辺家族も負担を抱える場合もあります。ただ、この方々は障がいを一つの個性として受容され、感受性豊かな方であると考えました。
 私はデンマークに6ヶ月間介護福祉士として滞在しておりました。そこでは、インクルージョンという障がい者も健常者もひとりの人間として分け隔てなく尊重されていることを肌で感じる事ができました。
 デンマークにもかつては差別があったが、バンクミケルセンのノーマライゼーションの考えの浸透により、それが克服されてきた。ひとりの思想家が社会に影響を与え、共感した人々が実践的に取り組んだ結果であります。
 日本の介護現場で必要なのは被介護者や障がい者が自分の状況を一つの個性として受容でき、堂々と自信をもって介護される心構えが必要であると考えます。そのためには、回りの環境整備や意識も課題になってきます。


投稿者: ピアニストユキ | 2013年07月22日 13:05

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

【宗澤忠雄さんご執筆の書籍が刊行されました】
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編著者:宗澤忠雄
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