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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

地域コミュニティの再生と福祉の課題 3

 私の娘は、3歳になる頃まで重度のアトピーに悩んでいました。
 当時はまだ、小児のアレルギー外来を設けている医療機関は少なく、バスと電車を乗り継いで1時間半はかかる病院に通っていました。検査の結果、ハウスダストの除去と食事療法をしながら、皮膚患部には塗り薬で対症療法を続ける毎日でした。

 毎朝、念入りにカビ取りをした洗濯機を回しながら、布団を干して、家中の隅々にまで掃除機を走らせます。アレルギー用の粉ミルクを使い、離乳食が始まると卵・鶏肉・トマトなどを避けたメニューを続けました。朝の出勤前にさまざまな家事をしなければならなかったことは、当時相当の負担になっていたようで、2か月ほど針灸師に通う羽目にもなりました。

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 さて、病院に通うたびに、外来の待合でいつもご一緒する年配のご婦人がいました。この方は、アレルギーのお孫さんを病院に連れてきていました。
 待合の時間によく顔を合わせるものですから、いつしか親しくお話をするようになりました。最初は、私の娘に向かって「器量よしは得だね~」とか言いながら、飴玉やお煎餅を下さることからはじまり、子育てをめぐるあれやこれやについて話すようになっていきました。

 そのご婦人は言います。「今の子どもはほんとに大変だと思う。私が子育てしていたときには、アトピーなんてあっという間に過ぎちゃうようなものだったしね。私は何とか専業主婦でやってきたけれども、娘の夫婦は共働きしなきゃ、これから暮らしていけないしね」と。

 私は、このご婦人のさりげない言葉の中に、計り知れない優しさを感じた記憶が残っています。それは何よりも、かつての子ども・親・子育てと、今のそれらが異質なことをわきまえて、お孫さんの通院は自分がしようという考えの運び方に優しさを感じました。その当時は、東京都内の乳幼児のアレルギー性疾患が2割以上に達したと報道されるようになり、三多摩地域の50坪程度の新築に2億円の値札がついていたバブルの真っただ中でした。

 ご婦人はおそらく、自分が子育てをしていた時代の親の立ち位置や子育て環境と、娘さんの子育てとの違いを理解されていたように思います。そのようにな気づきによって、現在の子育てについての課題を共有することが可能となったのだと考えます。
 同じような子育てという営みかもしれませんが、かつての母親であった自分と現在の母親である娘さんとの立ち位置の違いが明確だからこそ、お孫さんの子育てに協働できるという、ある種の「三項関係」が成立したのでしょう(参照)。

◇三項関係による親密圏の成立―課題認識の共有に基づく子育ての協働

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 ところが、福祉の世界という暮らしの営みに関する領域では、自身の子育てや介護の体験を直接的に活かそうとする安易さに陥りやすい問題があるのではないでしょうか。
 つまり、古いかつての子育て経験は、そのまま現在にも通用するかのようなイメージが先に立ってしまうことです。決して、かつての経験のすべてが通用しなくなるという意味ではありませんが、かつての経験は「すでに成立した事実」であるだけに、現在との相違をわきまえずに、そのまま正当化されやすい落とし穴はないのでしょうか。
 もし、立ち位置の相違が明確でなければ、図のような三角形は成立せず、このご婦人も娘さんも、「母親」という同じような立場になってしまい、諍いがはじまります。そうすると、「近頃の若い母親は…」「婆さんは頭が古いんだから…」という、いつの時代にもありがちな「嫁-姑」関係の確執に至ります。

 このようなぎくしゃくした人間関係の下では、「子育て」という具体的な課題が老母と母親の間で共有されにくくなります。そうして、第三項としての「子育て」の課題が希薄になってしまい、上の図の三角形が成り立たませんね。すると、残る関係は「老母-母親(娘)」または「嫁-姑」という二項だけの関係になりますから、情緒的に寄り添うか突き放すかの世界に閉じられていきます。
 ここでは、「子育て」という第三項の具体的課題を何ら共有することができなくなって、同じような思いや情緒だけをともにしようとする「鏡像関係」に傾斜します。これがおそらく、共依存や虐待等の発生しやすい生活基盤となっているのでしょう。
 これとほとんど同じような状況が、福祉の職場にも現われることがあります。先行世代である自分の経験から、若い世代の立ち位置や制度・サービスをめぐる客観状況の変化をわきまえずに、あれこれと指示的なことだけを言ってくるような状況です。もっとも押し付けがましい場合には、自分たちの経験を「学ぶべき歴史」などと言い出します。
 「歴史を学ぶ」とは、過去を現代の課題克服に活かすことですから、「過去の時代に克服できなかったことは何か」という教訓をともにするものでなければ、若い人たちにとっては鬱陶しい「説教」のようなものに映り、積極的に学ぶ必要性を感じることはないでしょう。

 少なくとも「プラザ合意」によってはじまったバブル経済以降の社会変化は、これまで誰も経験したことのない地域社会と家族の急激な変化をもたらし、暮らしの営みそのものを大きく変容させました。
 1980年代の「社会福祉制度改革」以来、社会福祉の実施体制も制度のあり方も大きく変化しています。これらの客観状況の変化を冷静に見据え、それぞれの人の立ち位置の相違をわきまえた課題認識の共有をすすめることが、これからの新しい親密圏の創造につながるものと考えています。


コメント


 「三項関係による親密圏の成立―課題認識の共有に基づく子育ての協働」論は、家族関係論としてばかりではなく、地域形成論としても示唆に富んでいますね。特に、パイオニア意識を持つ福祉領域の先行世代が歴史を語る時、なぜこうも自画自賛をしているようにしか聞こえないのだろうと常々感じていましたが、これですっきり理解できました。
 課題認識がない人たちに対しては、親密性すら感じられませんし、白々しくなるばかりですからね。
 うっとおしく暑いばかりの今日この頃、さわやかな涼風をいただいた気分になりました。


投稿者: 青蕪のり | 2008年07月24日 21:04

 ブログを拝見させていただきました。
 はじめてコメントさせていただきます。
 子育て・福祉のような、現代を生きるにはどちらも避けて生きることは出来ない問題を考える際、どうしても世代間の価値観の衝突が起こると思います。
 アトピーの問題が例として挙げられていますが、これは私自身患者なので痛感しています。
 かつては外見上の理由からいじめを受ける人も中には居て、差別の要因にもなり得るものでしたが、今ではかかる人が増加し、捉え方や対策もだいぶ変化してきています。
 話を戻しまして、子育て・福祉どちらの問題も日々状況が変化するものであり、いつまでも昔からの考えにしがみついてはいけないものの、新しい方法だけが良いとは限らないと思います。新しいものにも修正点があり、かつての考え方にも不足するものがあり、完璧な方法はないと思います。
 だからこそ、世代間で伝統的な方法をしっかり継承しつつ、新しい技術を若い世代の人も伝えていくべきであるのではないかと考えました。そうすることで、自分たちが両方の方法について考え、不足する部分も補うことができると考えます。


投稿者: ユエ | 2008年11月25日 10:38

 「夫婦は共働きしなければ、生活できない、よって、三項関係による親密圏の成立―課題認識の共有に基づく子育ての協働が必要である。」
 この考えに私は、大いに共感できます。私自身には子育ての経験はなく、私の母も私が子供の頃は専業主婦をしていましたので、実際にその状況というものを肌で感じたことはないのですが、昨今の景気後退、経済格差の拡大により、共働きをしなければならない状況や都心部における保育所の不足から、家族間で育児を行わなければならない状況が予想できます。
 昔は、子育てを母親だけでなく、祖母あるいは年上の兄弟、あるいは近所の人々が一緒になって行っていたという話を聞いたことがあります。しかし現在では、核家族化により、両親と子供一人という世帯や、都心部では、隣の住人の名前すら知らないという状況もあるそうです。
 このことから、そもそも、現在社会においては、子育てを両親とその両親とで行うということ自体が難しい状況にあるのではないか、と思いました。しかし、そのような状況の中でも、子育ての協働という理念は大切であると私も思います。なぜなら、家族というものはやはり、家族外の人々とは、血のつながりや共同性生活をしてきたという状況などの理由により、異なる存在ですから、家庭内のことは家庭内で解決することのほうが上手く物事が運ぶと思うからです。
 ただし、確かに母と祖母の子の育て方に対する見解の相違などから虐待につながるケースも考えられると思います。よって、このような場合に行政が一定程度介入する手段を用意しておくことも必要であると思います。


投稿者: カレー | 2008年11月26日 18:23

このブログに登場するご婦人の姿を見ているうちに、自分の祖母の姿と重ね合わせてしまいました。自分も両親が共働きで、小学校・中学校当時は祖母の家(自宅と歩いて10分くらいの距離)に帰宅し、宿題を見てもらったり、遊び相手をしてもらったりしました。
その祖母は口癖のように「お母さんは大変だからねぇ。」と言っていました。このブログを読んで、自分の祖母は置かれている状況を理解して、共働きという事実を受け入れることから「孫の世話」について考えたのではないかと思いました。
この理解が存在していないと、祖母は何も干渉せずに母親に押しつけるようになり、母親の負担が増大していき、その結果として虐待につながっていくのだと思います。
福祉の現場でも同様のことが言え、サポートし合って、経験を披露しあって共有して、積極的なコミュニケーションを図ることに深い意味があるのではないかと考えます。
子育ての世界でも、福祉の世界でも、時代の理解・人物状況の理解・客観的視点の理解をしっかりと噛み砕いて受け入れられるかどうかが重要なのだと思います。


投稿者: ken-ken-pa | 2009年07月26日 16:16

現在は昔と違って地域のコミュニティーが疎遠化した時代だと思う。だから、昔と同じような子育てではうまくいかないのは当然である。しかし、自分の時代の子育て方法をその子供に伝えている親がとても多いと感じる。このような状況は早急に改善すべきだと思う。子育てを行う一人一人が「今」の環境をしっかりと認識し、その環境に合った子育てや地域の人々との付き合いをやっていくべきだと考える。


投稿者: f.p | 2012年01月17日 21:44

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

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