保育所を利用して(4)
保育所を利用して気づいたもう一つのことは、故郷を離れてはじめて「地域」を実感したことでした。私と娘にとっての保育所は、地域に暮らしを築く拠点であり、地域への架け橋でした。
仕事と家事・子育ての「二重負担」を背負うことによる「時間貧乏」は、地域と自治体に支援をアピールすべき困難を抱えているのにアプローチできない悪循環をもたらします。ですから、何よりもまず、保育所が子どもをしっかりと受け止めていることへの親の安心と親子のゆとりが必要でした。
娘の通う乳児保育所は、乳児3人あたり保育士1人に加え、看護師・栄養士・調理師がそれぞれ専任で配置されていました。子どもの発達、食事と健康に不安があれば、どのようなことでも、いつでも気軽に相談できました。その上、その保育所では月1回定例化された、親のための子育て学習会を開催していましたから、子どもの「これまで」を振り返り、「これから」の取り組みを見通す親子と保育所の着実な歩みが保障されていました。
保育所が娘にとって安心して命を輝かせることのできる場所であり、忙しい父母の応援隊であり知恵袋であることが、「気張らんと まあぼちぼちに いきまひょか」という子育てに必要な「間」を私にもたらしました。
保育所の営みには、「父母会」の役割も必要不可欠だと感じました。保育所を利用しはじめて間もない頃、父母会主催の懇親会が開かれました。天気にも恵まれ、保育所近くの木立に囲まれた公園ではじまりました。
まずは父母会長による、新しい父母と子どもたちへの歓迎の挨拶です。およそ「長」のつく方のスピーチは、往々にして堅苦しく形式的であるのが世の通弊です。が、さすがにそこは父母会「長」で、心温まる簡潔明瞭な言葉を通じて「赤ん坊を育てる仲間として迎える」趣旨が伝わってきました。
さて、その直後に組まれていたプログラムは、父母の「三輪車競争大会」。この三輪車は、もちろん2~3歳児用の乗りもので、体躯の大きな大人は乗るだけで一苦労します。必死にこいでも、なかなか思うように前に進めません。当初は、戸惑いや照れくささが先に立っていた父母も、やり始めると次第に汗をかくようになり、転倒は続出し、そのたびに歓声も上がります。はじめて父母会に参加することにつきまとう緊張が、一気にほぐれること請け合いの企画でした。
なるほど、これは理に叶っています。キャンプ・カウンセリングの定石通り、最初に緊張や不安を解き、メンバー間の言語活動を賦活するようなゲームをすることによって、その後のプログラムやミーティングに溶け込みやすい導入を図る運びになっていました。これで初対面の父母たちは、打ち解けた気持ちのうちに自己紹介をすることができ、次いで、保育所に期待していることや父母会の役割などについての話へとリズミカルに進みました。
そこでまず驚いたことは、保育所の立地する地域(東京都三鷹市)に生まれ育った父母がほとんどいないことでした。当時の東京三多摩地域のある小学校などは、入学時150名ほどの生徒のうち、同じ小学校で卒業するのは15名程度というくらい人口が流動的でした。
私は大阪出身ですし、首都圏の外はむろん、遠くは長崎県の壱岐から上京して働いている人もいました。そうして多くの父母は、近くに親族も居ず、馴れない地域での子育てのはじまりに不安を抱えていたと思います。乳児を育てる経験を、この地域で先に積んできた父母と交わることができる安心感はことのほか大きいです。私は子育てにとても心細い想いを抱いていましたから、大袈裟な表現と思われるかもしれませんが、「地獄に仏」に近い心境でした。
父母の仕事もさまざまですから、自分の仕事とそれに関連する業種・業態を超えた父母との会話には、世間と視野が広がるような趣もあって、楽しく愉快な気分にもなりました。
普段の生活リズムや休日の過ごし方からはじまり、予防接種、乳幼児健診、医療機関に薬屋さん、玩具・ベビー用品の草々とそれらを買うお店など、様々な情報のやりとりが進みます。私は、茫漠としていたこれからの子育ての成り行きについて、「今、ここに暮らす」地域の具体的な姿とともに見えてきたような気がしました。子どもが生まれるまでは、保健所のありかも知りませんでしたし、地域の小児医療・保健システムに関する知識や関心もさほどなかったといっていいでしょう。
朝、保育所に行く前に、当時住んでいた団地内の公園で子どもをあやしていると、団地のベランダのあちこちから声がかかります。おしめを干していると、隣の奥さんがベランダ越しに顔を覗かせて、「あらっ、ご主人ご精が出ますね」。薬屋さんに粉ミルクを買いにいくたびに、お店の人と子どものことを介した話題がはずみます。
スーパーで娘を抱っこして買物をしている最中に、同じ保育所に通う父母と出会うと「今日の夕飯は、惣菜コーナーの鳥のから揚げですませちゃうの」なんて話になったり、乳幼児健診の保健婦さんには、おしめの当て方の指導をいただいたり…。
子どものいないライフステージは、故郷を離れた暮らしであれば、たとえ夫婦者でも、自宅と職場の行き来の間に駅やスーパーの「点」が入る程度か、地域内の「知り合い」も挨拶するくらいが関の山の間柄。それが、保育所を利用しはじめた途端、地域で同じように子育てする父母と知りあい、市役所や保健所、医療機関に薬屋さんなどとも、それぞれの人の顔や姿に個別具体性のある関係に一変しました。その足がかりには、「保育所を利用する」という言葉ではとても言い尽くすことのできない、保育所の職員たちによるかけがえのない営みがあると感じました。
コメント
生まれて初めてのブログ体験です。
かつて保育所に勤めていたことと、子育経験があるので、この記事に興味を持ちました。
よい保育所に出会われて良かったですね。まさに理想の保育所です。しかし、現実にはそんな所は半分もないのではないでしょうか。大抵の保育士は純粋に希望に満ちて仕事に就きますが、その理想はまざまざとくだけることが多々あります。
子供の人格を尊重することや健やかな成長を援助することの大切さをを分かっていても、それに反する言動や関わりをしてしまう。
これは、親子関係にも同じことが言えますね。
いったい何故に、初めの気持ちが維持できず、子供にとって望ましい保育ができていない保育所が多く存在するのでしょう。
私は、その大きな理由はマンパワーだと思います。人間一人の力や心は弱い。けれども、傍で誰かが「大丈夫ですよ。一緒に頑張りましょう。」と言って支えてくれ、混ざり合って暮らせたら世界はみるみる変わっていくのです。
保育所を通じて親が支えられれば、子供は安定します。親が安定しているからです。ましてや、父親が安定していれば母親が子育てで混乱し不安にならなくて済むので、子供への影響は大です。
保育所、老人施設、障害者施設、学校などそれぞれの場所で専門家が人間的温かさをもってつながる一歩に手を差し出してくれれば、たくさんの人が救われるんだと感じています。
厳しい時代だと言われるなか、それを生き抜くにはマンパワーが不可欠だと思うのです。
故郷を離れ「地域」を実感できることは、生活を送っていくといった表面的なことだけではなく、心の拠り所として、とても大きな意味をもつと思います。
私も地元の関西を離れ、現在は九州に住んでいますが、いくら利便性等を考えた「住みやすさ」があっても、ほっとできる場所や頼りにできる所がなければ、たまに感じてしまう不安や寂しさは拭えません。
会社や学校など、自分にとっての世界が限られていればいる程、周囲との関係が薄れ、心も希薄化してしまうような気がします。
保育所を利用されたことによって、保育所が地域との架け橋になり、良好な人間関係を作り、地域に溶け込んでいく、といった自然な流れのプロセスが、最初に構えることもなく、つながりを作ってくれるのだと思います。
心にゆとりをもてるということは、自分と関係性が深い何かがあり、それを身近に感じることができることではないかと感じました。
初めて投稿させていただきます。私は、ボランティアとして就学前の子どもと遊んだり、実習で保育所に行ったことがあり、この記事にとても興味を抱いたのでコメントを投稿させていただきます。
子どもを通して大人同士がつながっていくこと、本当にその通りだと思います。私自身、ボランティアとして行く学園の先生方とは、何度も行くうちに仲良くなれました。いちボランティアですらそのことを実感しているのですから、保護者の方も、きっとそのことを強く実感していることと思われます。
子どもは同じように育てても違う風に育つため、その時その時の悩みは尽きないことかと思います。ですが、プロフェッショナルである保育士や、同じような境遇のお父さん、お母さんに相談できるという環境は、ずいぶん親御さんの負担を軽くするものではないかと思います。
保育所の数が少なく入所できずに困っている、ということをニュースで聞きますが、その重要性を再認識し、そういうことがない世の中になれば、と記事を読んで思いました。
私は大学で福祉を学んでおり、中でも児童福祉や母子支援に大変関心があります。そのためこのブログの見出しに目をひかれました。
父母会というのは、私の中でモンスターペアレントと呼ばれるような人々が、保育士が行う保育の仕方に対して文句をたれる場という勝手なイメージがありましたが、そうではなく、同じような状況にいるお父さんお母さんが、グループワークを使って親睦を深め、子育ての悩みを相談できる相手をつくるきっかけになる会なのだと思いました。
人間は初対面でも共通のものがあると打ち解けやすくなりますが、ブログを読んでいて、「子育て」という共通項をきっかけに広がる人間関係がすごく温かいものに感じたし、現代においては、地域のつながりや人間関係の希薄化が問題視されていますが、世間は私が思うよりもっと良い人がいるし、渡る世間に鬼はなしなのかも知れないと思いました。みんな同じ悩みを抱えているのにそれを告白できる勇気やきっかけがないだけだと思います。
私自身、今の人間関係において自分が心を開けないことでいつまでも絆の浅い人間関係を築いてしまっている気がします。もっと相手のことも自分のことも信頼して、好きになって、温かい人間関係を築いていきたいです。
初めてコメントします!
私は今、地元を離れて大学生活を送っていますが、今住んでいる地域の方々との交流は全くありません。
地域の行事に参加することもありませんし…
ですが、ブログを拝見し、私がもし、この地域で結婚し生活の基盤を築くことになると、必然的に交流も生まれてくるのだろうと改めて感じました。
私も子供がいるのと、そうでないライフステージでは地域との関わり方が多少なりとも違ってくると思います。保育所の父母会などを通して、新しいネットワークが広がり、様々な情報交換ができるようになることによって、お互いの子育てに役立てることができれば、それは素晴らしいことだと思います。
最近、育児ノイローゼなどにより、幼児を虐待するケースや、母親が鬱状態になったりと、色々問題も多い世の中ですが、その解決にも役立つかもしれませんし!
ただ、それと同時に保育所の職員不足や、保育所自体の存続の危機が顕著になっている地域、また、入所待ちができている保育所があるなど、問題も多くあるので、その対策も早急に行わなければいけないのでは?と思っています。
私は、現在大学生です。私も昔保育所の園児でした。そのためこのような記事について興味を抱きました。子供を持つ親御さんには保育園という存在は大きい存在であると僕も思います。しかし、現在保育所の数が足りないという現象が起き待機児童の数がどんどん増えていき、無認可保育園に預ける親御さんも増えているそうでが、ここ最近では無認可保育園を運営をしている会社が倒産して閉鎖するという重大な問題が発生しています。
このようなことは、公共性または子供の大事な成長期を一緒に歩んでいく施設なので行政がもっと積極的に介入してほしいと思います。また、その自治体の財政問題などがあるので、個々の自治体でなはく国なども介入していくことがいいと思います。あまりいい言葉ではないですが、くだらない税金の使い方をするならこのような教育福祉などに使ってほしいと未来の納税者は思います。
とても良い保育所だと思いました。保育所が親たちにとって子育てを相談できる場所として、上手く機能しているんだなと思いました。やはり子どもと親の間に立つ保育所の役割は非常に重要なものであると思います。
子育てに悩んでいる親は多くいると思いますし、親たちにとって心強いと思うので、このような保育所が増えて行ってほしいと思いました。
また、保育所と親の関係だけでなく、父母会の機能に関しても良いなと思いました。
いきなりミーティングを始めるのではなく、導入しやすいようにゲームを行うという工夫もなされており、しっかりと相手の立場を考えて行われているんだなと思いました。
そうすることによって、親同士が子育ての悩みや子育ての情報交換が気軽に出来る関係ができて安心できるのではないかと私は思います。
しかし、このような保育所は多くはないだろうと思います。実際には親による児童虐待や不適切な関わりという問題が起こっています。このような問題を考えたときに、私は保育所の支援と親同士のコミュニケーションを図ることが大切ではないかと考えていました。
実際にそのような保育所のお話が知ることが出来て勉強になりました。
私は、保育所というものは単に「子どもを一時的に預ける場所」というイメージしか持っていませんでした。しかし、保育所を通して、同じような悩みや経験を持つ大人たちとのコミュニケーションがとれる場所があるということは、大きな支えになるのではないかと思います。
新しく入ってきた子どもの父母たちを暖かく向かいいれる、スムーズに溶け込めるようにする父母会というものの存在も大切なものだと思いました。まるで、学校で先輩が後輩を迎えいれるときのようなものですね。
子どもを預けるということに不安を感じている父母たちに、安心して子どもを預けられる場所をみんなで作っていく。やはり、大勢の人たちの協力があって成り立ってきた大切な関係なのだと思いました。
私は今、保育科で保育について学んでいる者です。この記事を読ませて頂いたことで、保育の現場が子どもだけでなく、保護者にとっても居心地の良い場所であることの大切さに気づかされました。むしろ、保護者が安心できてこそ子どもも安心して生活ができる場なのだろうなと思いました。私はまだ学生で、保育について学んでいるとはいえ、仕事と家事・子育て、全ての分野において未経験です。それらを両立させておられる保護者の方々の大変さ、想像はできても100%理解できているかといわれると、自信はありません。でも、現場に出た時、保育所を拠点に保護者の方々の集える場所を共に作り上げていくことは可能だと思います。地域社会が閉鎖的になりつつあるこの時代ですが、子育ての悩みは増える一方だと聞いています。ネットの普及で様々な情報が飛び交い、情報に振り回されている方も多いかと思います。その様な今だからこそ、同じ地域に住む子育て仲間が近くに居ることを、実際に顔を見て話すことはとても心強い励みになるのではないかと考えさせられました。保育者という立場として、これからも地域と子育てがより良いものになるように考えていきたいです。
この記事を読んで、この保育所は子供たちだけでなく両親のことも考えているすばらしい保育所だと思いました。そしてあらたな人とのつながりが生まれ、地域全体で子育てができるということに感動しました。ただこの保育所のように積極的に活動している保育所ばかりではなく、また、近年では待機児童の問題も取りざたされているのでこのようなすばらしいつながりを持てず、育児への悩みを共有できない人がたくさん存在すると思います。育児に悩む親たちすべてに子育てに集中しながらも仕事と両立でき、かつおおらかに子供を育てることができる環境をもてる社会になってほしいと思いました。
私は大学で乳幼児のことについて学んでいます。自分が養育者になった時に、実際に子どもを生み、子育てをしてきた親たちに、子どものいない自分が良いアドバイスが出来るのか不安に思います。
しかし、保育所、幼稚園などの場において、先生だけが子どもと親の繋がりではなく、周りの親同士も仲間であり、相談者であるという事を、このブログの記事を読んで感じました。だからと言って、養育者として怠けていいと言うわけでは決してありませんが、子どもを保育する、教育するほかにも、親同士がコミュニケーションを取りやすい場にしていくことが大切だと感じます。
私は埼玉大学に通う学生です。私の両親は私が3歳の時、私を保育所にあずけました。話を聞くと最初は行くのを嫌がったそうですが、しばらく経つと喜んで通ったそうです。
このブログを読むと保育所は、育児のゆとりを生み出す、人間関係が広がるということが書いてあります。それは子供がいない私でもわかる明白な事実です。私はその他に子供にも良い影響を与えると思います。それまで家庭内にしかおらず、外の世界をあまり知らない子供に社会経験を積ませることが出来ます。
このような良い影響を与えるためには、親と保育士はもちろん、親と親、親と子供のコミュニケーションを取りやすい、風通しの良い保育所であることが大切だと思います。
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